2016年01月02日

自主防衛重武装中立の妄想からの覚醒(2/2)

《2》
 サヨク人権派は、ちいさな安保騒動でもそうだと思うが、日本は超軽武装でよく、しかも対米従属はやめろ、そうすれば戦争にはならない、だって支那や韓国はいい人たちだから、と言い募った。
 これは妄想である。一方の保守のなかには自主防衛、重武装中立がいいと主張する向きもあったが、両極端は一致すると言うように、どっちの意見も間違いだ。

 心情的にアメリカと組みたくないのは分からないではないが、現在はアメリカとうまくやっていくしか道はない。日本は戦争に負けたのだ。自主防衛、重武装中立を実現するには先程から説くように、もう一度大東亜戦争をやって、アメリカ、ロシア、支那、韓国朝鮮と全面戦争して、勝つしか道はない。

 それをやろうとすれば、戦争になる前に経済制裁を受けて締め上げられる。大東亜戦争のときも経済制裁を受けて日本は窮鼠猫を噛む状態にさせられたではないか。また同じ失敗をやらかすのか?
 日本は当分アメリカの属国でしかない。一気にその関係を破棄して、自主独立にしてすっきりさせたいだろうが、残念ながら不可能である。

 不可能なのは、アメリカの力が強大で、向こうの方が「ポーカーの達人」だからであるのと、日本人自身が萎縮しているからだ。戦争に負けただけで、自虐史観になり、非武装にすがり、欧米は常に先進で日本は遅れていると思い込んでいるのだから、自主独立でやっていけるアタマになっていない。

 サヨクの連中のように、憲法を護れなどと言っている人間が多いのだから、話にならない。その憲法はアメリカが創った押し付け占領施策であったのに、いまだに金科玉条、これさえあれば日本は平和だと信じ込んでいる。これは実際は憲法より上にアメリカがあることを護憲派は認めていることになっている。武装解除されて良かった、漠然と戦前は間違っていたと思い込んでいる。

 しかも、護憲派がもっと愚かなのは国連信仰を日本人が抱いていることだ。あれは戦勝国がその世界秩序を維持するための仕掛けであって、「国連」と訳しているのはいかさまで、「連合諸国」なのである。これもまた漠然と、国連は正しいと思い込んでいる。

 こうした「漠然と思っている」レベルでこれからもなんとかなると思っているレベルでは、どうしようもない。
 日本がアメリカと同盟を組むとか、「連合諸国」なりシステムに従うとかは、面白くないし、屈辱ではあるけれど、そういうやり方しか今は不可能である。

 その組む相手は邪悪だし、日本をムシリ取ろうと狙っているのはわかっていても、大局的に見てそれしか道はない。同盟を組む相手が日本にとって完璧で親切で互恵関係が保てて…なんてことはあり得ない。

 かつての日英同盟は良かった、日露戦争で助けてくれたとの思い出があるかもしれないが、あれもイギリスがロシアを叩くため、長期的戦略で日本を利用しようとしたのであって、親切でしてくれたのではない。
 むずかしい関係のなかで、如何に少しでも対等な関係にジリジリと押して行くか…が現実の世界である。

 いざとなったら(例えば支那や北朝鮮が核で脅して来たら)、アメリカは日米同盟を勝手に破棄して撤退するだろう。それを見越して日本は核武装しなければならないし、自主防衛しつつ、どう立ち回るかに長けていくしかない。

 ポーカーの例で述べたように、日本人はどうしても丁半バクチ的な思考になる。スッキリさせたい。一か八かで勝負に討って出る。
 支那事変が泥沼化した…という言い方が多い。いい加減にスキッとさせたくて丁半バクチに討ってでて、アメリカと開戦しちゃった。
 もっと粘り腰を発揮しておればと思わぬでもないが、あれは八百長だったから避けられなかった…。

 アメリカ人がポーカーを得意とするように、支那人が麻雀を得意とするように、途中でなんぼ負けても嘲笑されても、彼らは最後の最後に勝つことにだけ集中するようなタイプであるが、日本人はそれができない。

 ドイツや日本のように、武力、武術に得意な国民性で、決着は力で勝負してやるという自信がある国は、交渉がうまくならない。戦争の下手なユダヤ人、支那人、朝鮮人、フランス人などは交渉事や陰謀が得意である。絶対に負けを認めない。白を黒と言いくるめてでも勝とうとする。

 日本は韓国からデタラメな「従軍慰安婦」で攻めたてられ、いい加減にうんざりして、「もうスパッと決着させたい」と思ってしまう。最後はカネで決着しましょうか、などと言い出す。これでは奴らの思う壷だ。奴らは嘘を平気でくり返し、何十年でも何百年でも粘る。
 こちらもいつまでも決着がつかなくても、例えばポーカーや麻雀で、「構わないぜ、徹夜でやったろか」の気構えをとるのみだ。

 しかし。
 外交は神経がすり減る世界である。しんどいのが当たり前。どろどろの世界、それが現実である。
 知識秀才はそれが向いていない。すぐ正解を求めてしまう。諦めが早い。だから東大出の秀才官僚では、世界で闘えない。
 正しい国連に従いましょうとか、西洋が進んでいるからそれに倣いましょう、になっていく。

 国民の性格を、見直さないかぎり、世界と伍してやっていくことはできないだろう。
 安保法制で反対運動をやらかしていたサヨクどもは、自分の意見だけを採用するのが民主主義だ、立憲主義だと、ガキみたいなことを言っているようでは、先は暗い。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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