2016年01月20日

「悲しみよいつまでも」か?


 本日は、クマさん、八っあんの掛け合いで。
  ■
 
クマ: 1月17日は阪神大震災から21年で、例によって鎮魂だの慰霊だのといった行事が行われたね。
 日本人に非業の死を遂げた人への追悼、慰霊の習慣があることは承知しているけれど、行政が音頭を取り、マスゴミが大々的に取り上げるさまには嫌なものを感じるなあ。

ハチ: いつのころやったか、災害があった当日(命日)に、ぎょうさんロウソクを灯して祈りを捧げるといったセレモニーが根づいてきよった。たぶん欧米の習慣と、日本古来の灯籠流しなんかが合わさって、われもわれもと真似するようになったんとちゃうやろか。

クマ: 毎年の恒例行事と化しているって、どうよ?
ハチ: ハロウィンや、バレンタインデーなんかとそっくりやな。
クマ: 行政はそういうセレモニーを仕切って税金を浪費する。ルーチンにしている。慰霊祭のセッティングを請け負う業者が儲ける。蝋燭屋がウハウハ。

ハチ: そやねえ、マスゴミもこぞってその「ろうそく灯火」で描いた文字なんかを映し出して、「どや、きれいやろ?」とやってまんなあ。もしかして新聞社やテレビ局が、慰霊をする団体に要求してやらせているんやないの? 「絵になるから」とか言うて。

クマ: そういうことを想察するに難くないね。
ハチ: マスゴミにしてみれば、遺族がただ集まって手を合わせているだけでは絵にならへんし。行政が利権にできず、業者も潤わないやろ。

クマ: 広島長崎の原爆、東京大空襲、JAL123便御巣鷹山事件、阪神大震災、3/11東北大震災、などなど、挙げていけばきりがないほど、みんな一夜拝火教徒みたいになって、蝋燭の灯を見るのが大好きになる。あれはほとんど「祭り」ではないか。

ハチ: そういうこと言うたら反発されるデ。ホンマ。
クマ: 不慮の死を悲しみ、哀悼の誠を捧げ、霊魂に安らかなれと祈り、二度と悲惨な事故が起きないように誓い、事故の犠牲者を風化させない決意、そういった大変意味のある行ないなんだと。だからみんなと心を一つにすること、御霊とも魂のふれあいをするために、蝋燭を灯し、灯籠を川に流す、てな。

ハチ: ごもっともな言い分でんねんけど、日本人の欠点は非業の死に対して情緒で終わりにしてしまうことがあるねんな。
 ずばり「悲しみを共有する」これだけ。感情だけ大事。あとは何も出来へん。何もせえへん。悲しんで終わりや。「風化させない」と誓って終わり。「語り部」になる、と言って終わりやねん。

クマ: 大東亜戦争にしても、ほとんどの人は悲しみの共有で満足している。二度と戦争が起きませんように、と祈ればいいと。だから未だに憲法9条がのさばる。具体的な反省はしないんだ。
 北鮮による拉致も、韓国による李ラインでの拿捕も、米軍により非戦闘員殺戮も、強姦も、みんな「悲しみ」になる。風水害と同じように「あきらめ」ていく。

ハチ: なにこれ?やなあ。ワイも子供のころから慰霊祭いうのんが不思議でならなかったワ。何が原因でこうなったか、だからこういう対策を立てよう、再発を防止するにはどうしたらいいかと考える、議論する、責任者を徹底して追及する、そうはならないからや。

クマ: 責任者がいても、公務員だと実名が付され、適当に逃げおおせていく。

ハチ: ほんまの話、テストで赤点を取ったら、「悲しい」で済ませるんか?
 中学のとき、教師がこう言っていたワ。「君たちはテストの答案が返されて来ると、ショック! とか言うてけつかるけど、すぐ次の休み時間には校庭に飛び出して遊びよる」と。
 テストの点数が悪くても、すぐにケロッとしよる。

クマ: 親族の死などにいつまでも悲しみを引きずっている人が、妙に褒められ、「優しい人」と評価される傾向があるよね。人間だから悲しいのは当然で、悲しくないのは異常ではあるが、悲しむことをまるで喜びにし、生き甲斐にしているのはねえ…。
ハチ: 「アホちゃうか〜」やな。

クマ: お前はドライすぎる、と言われるかもしれないが、毎度毎度、テレビや新聞で、なんとかの慰霊祭、追悼式典で蝋燭を灯している連中を見ると、そんなノー天気で大丈夫か?と思わざるを得ない。
ハチ: いやクマさん。慰霊祭を恒例行事にして満足して、原因追及も対策も立てようとしないほうがよほどドライやデ。

クマ: 子、孫、曾孫…未来の子供たちが悲しい目にあわないように原因や責任を追及し、しっかり対策をたてることを放棄して、悲しみよいつまでもと「ろうそくショー」を毎年続けていている。50年後100年後のわれわれの子孫たちが、なんで先祖の連中は、事故や災害を防ぐ手だても真剣にとらずにいたんだと、呆れ返るに違いない。
ハチ: クマさん「ろうそくショー」て、なんや淫糜やな。
クマ: そっちのほうの話じゃないってば。

クマ: アメリカも、支那も、韓国も、北鮮もロシアも、みんな腹黒く、隙あらば、いや隙がなくても日本を潰してやろう、殺してやろう、奪ってやろうと狙っている。
ハチ: そうだすな。日本人が「悲しみ」に浸って慰めあっている場合か? 

クマ: そういった反日国、反日勢力にとってみれば、日本人が静かにおごそかに慰霊祭をやって、ろうそくショーに興じている姿ほど好ましいことはあるまい。ザイニチが不当に年金や生活保護をもらっていても、まったく気にしない日本人認識のありようは、全国で好んで行なわれている「ろうそくショー」によって培われているのだ。
 「悲しみ」とだけ相互浸透するだけで何もできない認識。端的にはそれによって、精神の牙が抜かれてしまう。

ハチ: そういえば、誰もが不思議に思いながら放置されているのが、あの広島の原爆平和記念公園の碑文でんなあ。
「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」
 あれこそ、「悲しみ」とだけ相互浸透している典型的なザマちゅうこっちゃな。
 あんなものはさっさと撤去したらええのに、誰も手をつけよらん。

クマ: だから戦勝国アメリカも支那も内心大喜びだろう。
 大東亜戦争で、日本軍がどれほどアジア各地で感謝されているか、尊敬されているか、それに対して欧米人や白人にシッポ振った支那人(華僑)がどれほど嫌われているかの現実がなくなってしまう。
ハチ:うん、そういうことや。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつも面白い仕掛けで楽しませてくださいますね。
おっしゃるとおり。痛快です。
「語り部」になって事件、事故を風化させないとの意図は、行政が利権を握るため、またサヨクが市民運動と称して影響力をもち続けるため、ってことでしょうかね。
Posted by 青シャツ at 2016年01月20日 14:25
青シャツ様

コメントありがとうございます。
そうですね、「ろうそくショー」はサヨクが噛んでいるんでしょうね。行政から税金をふんだくるのがサヨクの手口ですから。
Posted by 青シャツ 様(ブログ筆者です) at 2016年01月20日 18:03
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。