2016年02月08日

白人はなぜラテン語を学習するのか(1/2)


《1》
 ヨーロッパでは、今でもラテン語や古代ギリシャ語が学校で学ばれている。ラテン語は完全に廃語になっているのではなく、バチカン内では公用語となっている。ラテン語は、元はローマあたりの方言であったらしい。ギリシャ語はむろん現代でもギリシャでは使われているが、古語の学習である。

 なぜ西洋では今もこうした古語が学ばれ、厳しい試験科目になっているのか。先日、ある人と雑談するなかで話題になった。
 常識的には、千年以上にもわたって、西洋ではラテン語を学ぶことが一番の教養だったから、と説かれる。支那の文化圏だった地域は漢文を習うのと同じだと。

 ラテン語も古代ギリシャ語も、現代のヨーロッパの言語の基となっている言葉が多く、学術用語にもラテン語が残されている。
 あるいは、ヨーロッパは各国で言葉が違うため、共通語がないと不便だからと、共通語の代わりに公的文書にはラテン語が用いられた歴史もある。

 と、こんな説明がなされているようだ。
 あるいはただ「教養のため」とか言われるかも。
 
 ところで私はその説明にやや物足りないものを覚えた。
 世間的には、だいたいこうして流布されている理由で、とくに異論があるわけではないけれど、せっかく学習するなら、思想性高く捉え返すべきではなかろうか。私は友人と雑談するなかで、私見を開陳した。

 これは、日本でもなぜ漢文を学ぶのか、古文を学ぶのか、と共通している、と思っていただきたい。
 それは端的には、英雄になるため、これである。換言すれば、思想性の高みを学ぶため、である。
 なにをバカなことを言っているのか、ヨーロッパではそんな説はないぞと誹られるだろうけれど…。

 西洋で言えば、ラテン語はローマ帝国の、古代ギリシャ語は古代ギリシャで用いられた言語である。いずれも領土的にも文化的にも世界制覇を成し遂げた国の言語であった。
 
 そこで思い出してほしいのが、『プルターク英雄伝』である。古代ギリシャとローマ帝国の英雄たちを扱った評伝である。厳密には多少異なるかもしれないが、ギリシャ語はアレキサンダー大王がしゃべった言葉、ラテン語はシーザーら皇帝が使った言葉なのだ。
 ただそれだけのこと、と考えることはできるけれど、いずれも英雄とともにあった言葉である。

 言ってみれば、英雄を生んだ言葉なのである。あるいは、世界レベルの学問や藝術を生んだ言語である。
 これをだから、英雄と直接の言語と捉えるべきだと私は会話のなかで説いた。
 それゆえ、今日の西洋でも、いわば英雄への憧れ、俗にいえばあやかりたいとの思いがあるはずだ。
 今日の西洋の学校で古語が学ばれるのは、西洋が世界を支配しようとする思いがあるからであろう。

 英雄を出し、傑出した学問や藝術を創ったのは古代ギリシャと古代ローマだが、何の文化もなかったドイツ、フランス、イギリスなどはそれも自分たちの先祖の範疇にあると勝手に思って、ラテン語などを修得しようとしている面もあろうか。

 それが彼らの文化の優位性だという自負がある。
 それが白人圏では国会議事堂とか大ミュージアムの建物が古代ギリシャ風の威風堂々の様式で建てられている。
 私たち日本人が、古文や漢文を学ぶのも、先に言ったように、日本文化の優れた歴史性を引き継ぐためである。

 私は高校時代に国語の先生に尋ねたことがある。古文や漢文はもう日常で使うわけでもないのにどうして勉強するのですか?と。先生はすぐさま答えてくれた、それは日本語の幅が広がるからだと。
 君たちが大人になって、自分の考えや感情を人に伝えるとき、古典を知らないと語彙が乏しくなり、表現も狭くなる。いずれ必ず役にたつ。そう教えていただいた。

 そういうものだと信じて古典を学び、大人になって、なるほど高校の先生がおっしゃったことは正しかったなと思う。古典を学んでいなかったらと思うと恐ろしくなる。

 先日、ある酒席で日本酒を飲んでいたとき、ある人が「お猪口で飲むのは面倒だから、コップ酒でいきますか」と笑って言った。それを聴いたわが友が、やんわりとだが厳しく「武士は猪口でしか飲まなかったんだよ」と言った。

 「へえ、そうなの」というと、
 「ぐい飲みなんかは車夫馬丁ふぜいの飲み方だ。ましてコップ酒なんかは日本の伝統にはない。武士は、猪口で飲むと決まっていた。なぜなら飲み過ぎないためである。外で酒を飲んで、家に帰るまでに酔って不覚をとることのないように、小さな器にしてチビチビとお互い差しつ差されつ飲んだ」
 と説明してくれた。

 この話と古典、古語の学習は話がずれていると思われるだろうが、古典、古語の文章や詩歌のなかに、かかる文化が直接にあるのだ。
 言語は認識の、像のいわば実体化だから、例えば武士が不覚をとらぬよう酒は猪口で飲んだというその認識のありようが、言語化にも生きているのである。
 こうした高いレベルの武士の文化を支えていたのが、当時の言語である。いうなれば「英雄、色を好む」ではないが「英雄、猪口を好む」なのであった。

 古典に親しむために古文、漢文の学習がある。西洋ではそう認識されているのかどうか。
 そうでなく、ただラテン語や古代ギリシャ語の文法のみであるとするなら、生徒は苦痛であろう。

 昔読んだヘルマン・ヘッセの『車輪の下』は、ラテン語学習で苦しむ若者の話だったという印象しか残っていないけれど…。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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