2016年04月06日

平安時代はなぜ終わったか(1/2)


《1》
 平安時代はなぜ鎌倉時代になって行かざるを得なかったかについての一考察。教科書に書いてある理由(例えば荘園の管理ができなくなったから…)は誰でも知っていることだろうから、本稿では書いてないことをあえてしたためる。

 例えば鞍馬口には湧き水があって、今日では湧かして温泉としている。平安時代には京の公家が下僕を遣わして鞍馬口の水をよく汲みに来ていたようだ。薬効があるから、とされていた。京の公家たちはなぜ薬効ある水を求めたのか。

 それは彼らがいつも病気がちだったからだ。史家からはそういう史料はないと言われるだろうが、状況証拠もあり、また人間一般から解けばわかる話なのである。
 貴族どもが病気になるのは、端的には彼らはろくに運動しないからである。肉体労働はいっさいない。彼らはだいたい屋敷内にいて、事務をなすか、本を読むか、会議をやるか、うわさ話をするか、女に言いよるか、和歌を詠むか…といった日常であった。

 これは脳の働きとしては、認識しか使っていないのである。脳は生命体にとっては運動のため、あるいは感覚するために使う器官が発達せざるをえない地球環境の変化にともなって、すべてを統括するべく誕生した。進化の魚類段階から誕生したとされる。そして人間にいたって脳の機能に認識が飛躍的に発達して、運動しないで「考える」「思う」作業をやるようになった。

 今日、オフィスで一日中座ってパソコンに向かっている勤労者は、運動らしい運動はしないで、ひたすら認識を使っている。
 脳が手や足などの実体を使わないで、考えるか思うかばかりに使わされる。実体を動かすことを忘れて脳は興奮する。これはクルマでいえば、エンジンの空ふかしである。クルマのエンジンは車輪をうごかすためのものなのに、もしブレーキを踏んだままエンジンの空ふかしを長時間続けていたらどうなるか。
 公家たちもおおむね屋敷内にこもって頭脳労働(?)をやり続けていた。

 こういう生活が続くと内臓が病んでくる。なぜか。生命体にあっては本来運動するものであって、考え・思うものではないからだ。内臓はそうした運動する生命体が進化過程で(魚類段階で)、運動器官、消化器官、それらの統括器官(脳・神経)に分かれたものの、消化機能を担うものであった。運動、消化、統括は形として見ると別々のものに見え、かつ別々の働きをしてはいるが、もともとの生命体(単細胞)は一つで全部であったものである。一つで全部であるのが生命体であって、それが地球環境の変化に合わせて器官は大きくは運動、消化、統括と分かれていった(分かれざるをえなかった)のだ。

 人間も本来は一つで全部の体系を持った生命体であるから、運動を忘れて統括器官の一つの機能である認識だけを酷使することは、運動、消化、統括のバランスを崩し、一つで全部(体系)を維持しなければならないものを引き剥がすようなことになる。
 ただ、地球の生成発展史のなかでは、人間が認識を飛躍的に発達させて、考えることで地球に働きかけて自然を人間化しなければ地球がもたない、あるいは生命体がもたない状況が出来したので、これは仕方がなかったのだ。そうならざるをえなかった。

 人類が認識を発展させたのは良いとしても、だから運動しないで、考える、思うばかりをやっていると、消化器官の内臓が悪くなるのだ。
  公家はそうやって運動しないで頭脳労働ばかりやったから、内臓の調子を悪くしていった。それで例えば鞍馬口まで鉱泉を汲みに来て、薬として飲むようになったのだ。貴族本人が歩いて行き来すればそれだけで、良い健康運動になったのに、みんな召使いにやらせてしまった。

 当時の医療は貴族階級だけが対象で、怪我にはそれなりの外科的処置があり、それ以外の病の処置には漢方が支那大陸から入ってきてはいた。
 漢方は主として強精剤として期待された。『源氏物語』に見るように、あの場合、光源氏は若い頃は女に馬鹿モテし、それに豪快に応える能力があったが、しだいに年取ると、ついに若い柏木に愛人を寝取られる。そのときの光源氏の悔しさ、憎悪がよく描かれているであろう。そういう男の心理が描けたのだから、やはり『源氏物語』は紫式部一人の作ではなく男が加わっているのだろう。

 権力者にとって、不老不死、わけても強精への夢は強いものであった。その風潮が『源氏物語』には投影されている。女といたす以外に男の貴族どもにはたいして仕事がないんだから、そればっかり執着する。

 『源氏物語』は、いわば男のロマンをつむいだものだ。女にもててもてて、不自由しない、精力絶倫、それもいつまでも…という。
 しかし、おそらく実際は貴族どもはこれまで述べたごとくに、生活過程が悪いので、三〇代、四〇代になると急速に衰えただろうと推察できよう。
 最近でこそ、寿命は八〇歳くらいまでは伸びたが、昔は短く、しかも五〇くらいでもうかなりの老人だった。

 平安時代ともなれば、貴族は不摂生で、早々にヨボヨボになっていっただろう。気は逸れども体が…になったはずだ。だからせめて『源氏物語』のようなものをポルノとして読んで、あやかりたいと願っても不思議はない。そもそも『源氏物語』には、枕絵がついていたという研究もあるくらいだ。






posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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