2016年05月06日

弁証法とは論理であり、感情である(2/2)


《2》
 4月26日の本ブログで、わが流派のカレンダーの話を書いた。わが武道創始者の居合刀を抜かんとする(あるいは納刀する)瞬間を捉えた写真から、私が何を像として描いたかを説いてみた。
 この居合の写真がすごいのは、抜いた刀を鞘に納刀するよう途中に見えても実は、いつでも抜ける気魄が漲っているとわかるところにある。刀を抜く時はまあいわゆる殺気があっても、納めるときは気を緩めがちだが、これは武道用語では「残心」と言っていかに倒した敵であっても、気を消さないことなのである。

 その「認識が感情になっている」のレベルのすさまじい高みは、見せられないので理解を得るのはむずかしいけれど、発している気、俗な言い方をすればオーラが見事なのである。歴史性を極めた像になっている。

 刀刃を構えるその「絵」こそ、弁証法であり学問であり、それらの高みであると書いた。認識が感情になっていることがまざまざと見て取れるものなのだ。
 それがお粗末ながらも私にも見てとれたのは、武道空手の長年の学びが感情になっていたからである。

 これは藝術作品とは、ド素人を感心させる程度では藝術とは言えず、心を持っている人間を感動させることである。だから、わが武道創始者が居合を身構えるその瞬間から、例えば弁証法を感じとることができるかどうかは、見る側が弁証法を感情として持っているばかりか、写真を撮影した人間もその感情を持っている必要があるのである。

 余談ながら、こういう写真を見ても、たいていは「すごい迫力ですね」「構えの姿体が美しい」「さすが武道の達人」と感想は述べるが、さらにその迫力の正体は何か、なぜ美しいと感じるのか、さすがとはどういう意味か、などを自分で追及しようとする者は少ない。
 私は少なくとも、こうして十年に渡ってブログを書いてきて、それを追及しないではいられない感情を創りあげてきたのである。

 見事な気を発することができるには、どれほどの修行過程があったか。空手で五感器官を鍛え、勝負の世界に身を置き、食事や睡眠を徹底して管理し、住居も衣服も健康体になるよう努め、睡眠を完璧にし、指導を実践し、組織を統括して国家論も研鑽し、極意を極めるために認識学を創り、学者を何人も育てあげ、ノーベル賞級の発見を何百と為し、発音のキレを良くし、目の力を増し、人格を磨き上げ……こういう日にち毎日を、子供のころから捲まず撓まず続けて来られたから、今もなお続けておられるからこその、成果である。

 論理を優れた感情と化した過程がこういうことなのだ。知識を豊かな感情にするには、かかる研鑽なしにはあり得ない。それをさらに譬えるなら、零戦のパイロットが実際の空中戦で戦って、生死の境目をくぐり抜けて来るような、そんな鍛錬を日々己れに課すのだ。南郷学派を揶揄する輩に、そんなことができるのか?

 真夏の炎天下、裸足で熱い砂利の上を歩いて、足裏が一夏に何度もヤケドして皮膚がズル剥けることをやらなければ、弁証法を高みに置いて感情化することはできないのに、「ヤケドしてアタマが良くなるなんてあり得へん」とボロアタマで判断して逃げるだけのくせに。
 東大を頂点とする學の世界に、それをやり抜いた人間がいるか?

 それと同等の修行・修業を為さねば、学問も弁証法も理解はできないことなのである。その裏付けがなくて弁証法がどうのこうのと言うのは、知識でしかない。修行の裏打ちもない知識でどうたら言えば言うほど、支離滅裂になっていく。

 平易に言えば、砂利道を裸足で歩く鍛錬を何十年続けてやったこともない輩が、私は弁証法がわかってますの、弁証法を使って専門に活用していますのと言うのは、馬鹿も休み休み言え、でしかない。ボロの五感器官でゴタクを並べるんじゃない。

 こうした修行過程を何十年、求道者として実践して初めて、弁証法という認識が感情となるのである。それを一枚の写真が見事に示している。弁証法が感情になる、それも運動的感情になっていないご仁に、いくら弁証法とは…と説いてもまったく無駄だ。

 クラシック音楽を生の演奏で聴いたこともなく、CDやレコードですら聴いたことのないご仁が、クラシック音楽を論じられるつもりになることほどアホくさい話があろうか。レベルは低いがそれと同じことだ。

 弁証法は対象を一般的に捉えるとは書いたが、そこには二重構造があって、「専門の一般性(運動性)を学ぶ」と「一般的な運動性を学ぶ」である。その像の違いをわかるようにしなければ…。
 一般的に捉えただけでは、ただ「運動していること」になってしまう。知識で終わりだ。

 人間は専門分野を持てば、専門に関わっての一般的なアタマにはなる。物理学的なアタマとか医学医療のわかるアタマとか、だ。その物理的一般的に創ったアタマが対象を見るから、対象が物理的に反映するようになる。
 弁証法の場合は、弁証法でアタマを創ればその弁証法のレベルで対象が反映してくる。

 弁証法で創ったアタマになっていれば、例えばコーヒーを淹れたときに地震のメカニズムが発見できたりする。
 ついでに言わせてもらうと、地震研究者は弁証法のアタマになっていないから、火山性地震があり、断層がズレる地震があり、プレートがどうのという地震があると思っている。火山は火山、断層は断層とバラバラ。

 地球で生命体がいるのは表面のごくわずかであって、ほかの内部はマグマがある。マグマは熱い。プレート説の変なところはこのマグマが対流している、動いているとだけ捉えて、熱であることを忘れている。地殻は常にマグマに接しているのに、相互浸透しないとでも思っているのだろうか。これが対象を「運動」として捉えられない哀れな頭脳、となる。

 コーヒーの粉をお湯をたらして、蒸らしたら湯を注ぎ込む、粉は膨らむ。粉は均一には膨らまない。いうなれば割れ目もできたり陥没したりしながら盛り上がり、カップにコーヒーが流れおちつつ粉は落ちて行く。決して均一にはカスは残らない。
 この現象から、地殻は地下深くのマグマで蒸らされてもいて、ある所では断層になり、ある所では噴火になる、あるところでは蒸気が出て、固い所ではプレートみたいになってぶつかり合う、とこういう捉え方ができてくる。

 あるいは樹木の年輪がどうして出来るかを見ても、「いわゆるプレート」の生成が類推できる。海の中の溶岩が岩盤になっていく。それが重なって年輪のようになっていて、地震が起きるとその年輪状の岩盤がずれる、あるいは崩れる。その地震は海の中のが溶岩が(マグマが)流れて起きる。

 余談になったが、中学程度の知識でも、地震のメカニズムは解けてくるのが弁証法の力であろう。例えばこれが認識が弁証法の感情になる、の例である。相互浸透とか量質転化の法則を、対象に当てはめたのではない。いわば感情が分からせる。
 弁証法はむろん論理であり、別言すれば認識であるけれど、感情となっていなければ知識にすぎず、使えないのである。

 認識が感情になっている、弁証法が感情になっている、そうでない人間は、昨今の地震の解明においても、東大の研究者のように、スジが通っていなくても勝手にわかってしまうアタマに成り果てている。いかに彼らがアタマが悪いか。本当にアタマの良い人間は、受験の成績には現れない。事実をつなげる論理をわかろうとする、そういう感情ができている人間なのだ。

 最後に今一度本稿のまとめを書いておく。
 南郷先生の著作、南郷学派の著作、生命史観、それらについての認識(知識)を、マイナスの感情と直接に創っている人、言い換えれば妬み嫉み僻みの感情とともに創った認識では、未来永劫、南郷先生もわからなければ、生命史観もわかるはずがない。

 こんなことはみなさんも、学校時代に得意になった教科、嫌いになった教科を思い返せばわかることだ。感情しだいで決まってくる、ということが。
 なぜかをくり返し説いてきた。それは認識は感情で創られるからである。対象を感情薄くアタマに入れれば、それは薄くしか反映しないし、対象をマイナスの感情で理解すれば、悪感情でしか反映してこなくなる。

 そんな人と関わって会話したり論争したりしても、理解を得ることはできるわけがない。理解したと思ってもそれは知識にしかならない。それが時間の無駄だけならいいが、バカと相互浸透する恐さなのだが…。





posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☁| Comment(4) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
相互浸透する相手は選ばないといけません。しかし日常生活で接する人物の多くは善良ではあっても相互浸透に値する者は少数です。一方でこちらが働きかけて先方のレヴェルを改善できることも少数です
これらから類推すると私は自覚している層の末端にいるんだと思います。私より認識の低い方で、覚醒する人はほとんどいないと存じます。
Posted by ジャリール・ズィヤープール at 2016年05月06日 18:16
ジャリール・ズィヤープール様
コメントをありがとうございます。
おっしゃるとおりです。
あなたは「自覚している」方ですね。すばらしい!
Posted by ジャリール・ズィヤープール様へ(ブログ筆者です) at 2016年05月07日 07:51
なるほどどちらかでなく両方なんですね。
Posted by 小林化成 at 2016年05月10日 07:08
なるほどなるほど。一見相反するように見える物を同時に成り立たせることが必要だと理解しました。これはすごいですね。だから芸術は面白いのだな。
Posted by ブテナソックス at 2016年05月10日 11:19
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