2016年05月23日

過剰に失敗を恐がる感情(1/2)


《1》
 2013年のことだから、やや旧聞に属するが、メタンハイドレートの専門家、青山千春氏が「チャンネル桜」の番組「日いずる国」に出演して、重要なことを語っていた。
https://www.youtube.com/watch?v=5xE5Uw4PkbE

 2013年3月、愛知県沖で海底の砂に混じるメタンハイドレートを採掘して、分離し、初めてメタンハイドレートから天然ガスが採取された。海上でオレンジ色の炎が吹き出している写真を覚えておられる方もいるだろう。
 ところが、この試掘は10日間の予定が、どこかが目詰まりして取れなくなり、5日間で打ち止めになった。

 この報道を受けて、専門家の青山千春氏はいくつかのテレビのワイドショーに呼ばれ、見解を尋ねられたが、司会者どもが判で押したように「あれは失敗ですよね」と、あたかも嬉しそうに青山氏に同意を求めてきたのだという。

 「それは失敗ではなく、まずは愛知県沖で初めてメタンハイドレートが取れたこと、しかもわが国自前の資源だということ、世界で初めてメタンハイドレートを海底の砂から採るのに成功したことが大事なことなのだ。
 その技術は他の国はまだどこも持っていない。日本が唯一持っているのだから、あちこちの国に技術を売ることができる。メタンハイドレートは世界中にあるのだから。

 こうしたプラスの面を誰も見ようとしない。失敗したと言っても、まだ初の試掘の段階なのだから、そのデータを使って改良していくことができる。
 こうした良い点をなんで言わないで、すぐ失敗ですよね、ダメだったんですねという話に持って行こうとするのか」


 と青山千春氏は語り、テレビ局側に「頭にきた」と言っていた。
 同席していた青山繁晴氏も「これは日本が敗戦によって、過剰に失敗を怖れるようになってしまったせいで、失敗から学んで、それを生かすことが大事なのに」と語っていた。

 青山夫妻の言うことはまったく同感だ。失敗から学び、成功は励みとしていっそうの努力をしていけばいいだけなのに、どうして失敗ばかり気にするのだろう。
 自前の戦闘機をつくる話も、ちょっと不具合が見つかると、それ失敗だ、やっぱり日本人はダメなんだとする風潮をマスゴミは醸成する。計画が挫折したの、杜撰だの、計画の大幅な見直しは避けられないといったと言葉が踊る。プルサーマル計画もそうだし、米軍のオスプレイもそうだ。

 失敗があると、マスゴミの報道は「それみたことか」とあえていえば喜んでいるかのようだ。実に記者どもの思い上がった、しかも無芸の極み。
 それを怖れてみんなが萎縮するようになった。
 日本人は夢を、それも身の丈以上の夢を持つことに臆病となってきている。「等身大」が良くて、「癒されたい」だけとなり、傷つくのが恐いのが優しい心根だと思い込む。

 小保方晴子のスタップ細胞発見のときも、マスゴミはあげて「失敗だ」「捏造だ」と大喜びで報じ、彼女の人生までブチ壊した。もし失敗したら、またがんばって再起して、という言い方がどうしてもできない。
 こんなになってしまったから、もう「坂の上の雲」など掴めない国民になった。

 本ブログで再三言ってきたが、2チャンネル常連とか、人様のブログに入り込んで誹謗中傷、揶揄三昧をやらかす輩は、この失敗をひたすら怖れるチキン心情の裏返しである。とにかく人のあら探しをして溜飲を下げる。自分では人からどんな後ろ指をさされようとも言うべきことは言う人間になれば良いだけのことなのに、それができずにゲスになりさがる。

 自分は失敗したくないから、人のあら探しをしては、俺はこんなにものを知っている、でも“企業秘密”だからそれ以上は教えてやらないぜなどと、いきがる。人の言論にイチャモンをつけているだけなら、失敗しなくて済むからだ。それがからくりである。

 自分で問題を立てて、自分で考えて論を展開すれば失敗は起きる。表現も考察も完璧にはならない。人から馬鹿にされることもある。
 ゲーテは「人間は失敗するものである、努力しているかぎりは」と言った。これは格言になっている。
 で? それを恐がって自分では論を立てられないくせに、評論的揶揄だけはせっせ、せっせだ。

 安保法制反対、9条を守れ、自衛隊は憲法違反だとわめく連中も、要は過剰に失敗を怖れている。それが抜きがたい感情になっている。戦争をやって負けた、多数の人が殺された、支那人や関係ない韓国人にさえ嫌われた、だからそんな失敗は二度と嫌だとなって、殻の中に閉じこもるわけだ。
 今も破防法の対象である共産党やその仲間どもの頭脳は、理屈じゃない。失敗は嫌だ、周辺から嫌われるのは嫌だという感情が支配している。
 
 彼らはまた、市井の理非曲直なんか条件次第なんだという簡単な原則がわかっていない。今日、黒が正しいとなっていても、明日は黒が間違いだった、となることはいくらでもある。
 それが受験秀才にはどうしても理解不能らしい。受験に失敗したら人生に先はないと恐怖を覚えつつ思春期青春期を送ってきたのだろうか。だから逆に成功して東大に入ろうものなら、超傲慢に、超権柄づくになる。

 戦争は絶対に悪いとの感情しか持たないし、人にも強要する。だから条件次第では戦争もやむなしとかいう考えは、どうしても失敗に結びつけて考えるようだ。失敗したらどうするんだと。
 なんのことはない。失敗したらそこから学んでやり直せばいいだけのことだ。それは楽なことではないが、正道はそこにしかない。
 
 日本海側の有望なメタンハイドレートの開発が木っ端役人どもや東大教授どもに妨害されるようだが、やつらは敗戦がトラウマになっていて、日本が自前資源を求めるようになったら、また欧米各国にいじめられ、戦争に引きずり込まれたり、日本が資源を求めて他国を侵略したりするようになるんじゃないか、それが失敗のもとになる、と考えてしまうのか。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。