2016年05月24日

過剰に失敗を恐がる感情(2/2)


《2》
 憲法を守れとわめくおバカどもは、もう時代にも合わず、そもそもマッカーサーが白人に従えと恫喝してつくった憲法であることにも目をふさいで、とにかく現状維持、変えるな、と言い続けている。
 これも一面では、失敗を過剰に恐がっているのだ。一字でも変えたら、アメリカ様が怒る、支那様がかまってくれなくなる、韓国がヘソを曲げる、だからソッとしておきたい。

 国家、国民の安全なんかどうでもいい。自分個人が、失敗するかもしれないことに関わりたくないだけである。
 木っ端役人どもは、務めを平穏無事に終わって、いいところに天下るしか考えない。民間企業では失敗を怖れずチャレンジしなければ、業界で勝てないことを承知している人間が多いが、役所は違う。成功しなくても挑戦しなくても、ひたすら失敗だけしなければいいと考えるアホになる。

 害務省の木っ端役人が、支那や韓国などが日本を貶める「いわゆる従軍慰安婦」「南京虐殺」「化学兵器の遺棄」などを言い募ってくるのに対して、だんまりを決め込むのも、この性向のしからしめるところである。
 正しいことであっても、言えば日本を憎悪している連中に突かれることが恐いのだ。

 何が正しいかを、自分で考える実力を蔑ろにして、与えられた模範解答を記憶して従順になるだけの知力しか持たなかった、お笑いである。
 自分で考えてみろ、自分で調べてみろと言われて、主体性を預けられるのが恐い。主体性を持てば、失敗はあり得るから、それをひたすら逃げる。

 地震研究者も同じ。先輩や指導教官が「こうだ」と決めた、プレートテクトニクスや断層だけで、地震を見るだけ。自らの信念で、失敗覚悟で研究する度胸がない。地震の予知ができるとウソをつけば、それがウソとばれるのが恐くて、象牙の塔に立て篭る。

 昭和16年、日本は米英らと大戦争を決断した。それは結果を見れば失敗だった。たしかに取り返しがつかないほどの失敗だっただろうが、それでもう失敗を恐がって何もやらなくなるとは、本当に情けない。戦争を決断した人たちは、少なくとも失敗を怖れて何もしない、というバカではなかった。

 政治や経済の話から卑近な話になるけれど。
 よく異性を好きになっても声もかけられない、どうしていいかわからないなんて言う純朴(?)な人がいる。声をかけて嫌われたらどうしよう、ふられたらみっともない、笑われる、バカにされるとの恐怖が生じて、手も足も出ないようだ。

 好きな異性に告白できないのも、それはそれで感情が熟成されるから大事なことではあるが、度が過ぎて、四十歳過ぎても童貞です、なんてのは困ったものだ。勇気が持てないのだから。
 よく言われることだが、昔は朝早く街中を豆腐売りが自転車でやってきたり、新聞配達の少年が走っていた。
 あれは貧しいが勉学に燃える少年がやっていた。
 誰もが感心な子だと褒めた。しかし…、もし大人になっても、四十歳になってもやっていたら、誰が褒めるだろう。

 いくら感心な子と褒められようと、大きくなれば豆腐売りや新聞配達を止めるという、いわば冒険に踏み出していかなければならない。冒険に出れば失敗もあり得る。それを恐がって新聞配達を生涯続ける道がないわけではないが、バカにされるだけだ。
 異性に告白できないのも、9条はやめてはいけないとダダをこねる奴もこれと同じだ。

 これも「失敗が恐い病」である。異性にアタックしてダメなら、くよくよ嘆くのは数日にしてアタマを切りかえて、ならば相手がいつの日か後悔するような立派な魅力ある人間になってやる、と決意して頑張ればいいだけのことだ。

 失敗から学ぶとはそういうことである。
 私はちなみに、異性に嫉妬したことはない。嫉妬の感情がわからないではないが…。なぜなら、相手から見て私が取るに足らないからなのだと反省するからだ。
 また、昔々女性から「あなたが逢う女性に嫉妬する」と言われたことがないわけではないが、信じなかった。それを信じれば自惚れることになる。

 自惚れれば、実力以上に自分を偉そうに思うようになり、同じ感情で今度は人を妬み、嫉み、僻むようにもなっていく。コインの裏表だ。
 「いつか立派になって見返す」それだけである。失敗はその糧になると考えているから、サヨクどもや木っ端役人のように過剰に失敗を怖れることはない。

 話の後半はちょっと趣向を変えて、愉快に持って行きたい。
 開高健が南北アメリカ大陸縦断の釣り紀行を週刊朝日に連載していた。それがやがて単行本となって『もっと遠く、もっと広く』になった。
 以下はそのうちの南米ベネズエラのことである。
 
     *    *

 (案内人の日系2世のメキシコ人にこう言われたそうだ)このあたりじゃすることが何もないので友達の女房を盗んだり盗まれたりして退屈しのぎをしているんです。センセイもここに住んだらそうなりなすワ、といった。
 ベネスエラでの国民の総人口のうち30パーセントか40パーセントくらいはこういう情事の結果としての私生児だといわれている。

 しかし、私生児といっても、家庭にあるかぎりは正嫡の子と何のけじめも差別もつけずに仲よく暮らしあっている。父が浮気してつくった子は“おとうさんの子”、母が浮気してつくった子は“おかあさんの子”と呼び、父と母が睦みあってつくった正嫡の子と、何のわけへだてもなしに仲よく暮らしあっているというのだ。

 これはいかにも南方的な寛容の美徳にラテン気質が上乗せされた挿話であって(中略)私としては、あっぱれな美談だというしかないのである。北方の、厳格な、偽善でこわばった、貧寒な精神風土とくらべると、どうころんでも、あっぱれとしか、いいようがないではないか。混沌と奔放の背後にある寛恕と微笑にこそ注目すべきである。

     *    *

 皆の衆、どうだす? 偉いもんやデ。底抜けの明るさや。くったくないねんなあ。

 どだい日本ではとうてい考えられまい。いじましい私小説やらドラマやらでは、男女がいがみ合い、憎みあい、そしりあって、とめどなき世界を現出させるだろう。
 こんなシッチャカメッチャカな家庭をテレビドラマでやろうとしたら、初回で抗議が殺到して打ち切りになるに決まっている。

 たぶんベネズエラあたりでは、男が女に声をかけられなくて悩むとか、ふられて落ち込むなんてことはないのではないか。
 なんといっても、Que será será.(ケセラセラ)の国柄だから、我々は敵わない。
 でも、いくらかは学んではどうか。いい加減にするという意味ではなく、開高がいうように寛恕と微笑を、である。

 わがくに民は、本稿冒頭から言うように、たった一度の失敗で怯え、人の目を気にし、偽善にまみれ、間違わないよう間違わないようと小心に震える、度し難い性向を持つようになっているからだ。
 日本人は、世界基準で言ったら、悩まなくていいことでいつまでもいじましく悩み、自分が傷ついていると思い込むけれど、傷ついているのは相手だとは毫も考えない。だからときにはラテン気質でストレスを避けるのが必要かと思う。

 青山千春氏が言ったように、すぐマイナスに考えるのではなく、前向きにプラスに考えることが良いのではあるまいか。
 開高が紹介している正嫡の子、“おとうさんの子”“おかあさんの子”のように、太平洋側のメタンハイドレート、日本海側のメタンハイドレート、みんな仲良く開発しましょう、になればいいのに。





posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ベネゼーラって、良い国ですね。
開放感にあふれてますねえ。
Posted by まりこ at 2016年05月24日 16:04
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