2016年07月08日

遠い国チリの盤根錯節(2/2)


《2》
 開高健のチリ・アジェンデ政権の考察をさらに紹介する。
 開高は、チリに滞在中に誰に会っても「社会主義ヲドウ思イマスカ?」と聞きまくった。なんだそんなこと、と思う人が多かろうが、日本の特派員記者などは決して庶民の間に入っていかない。エアコンの効いたホテルで世界的通信社や新聞の記事を読むか、知識人、政治家に会う程度で、勝手に、決まりきったフレーズだけで(国語力だけで)記事を書く。

 それもチリくんだくりまでは面倒がって行かず、それこそ東京にいながら、見てきたような記事を偉そうに書くのだ。
 開高の場合は、ヴェトナム戦争を取材したときもそうだった。サイゴンで米軍のニュースレリースだけ見て記事を書きなぐるのではなく、ヴェトナム中をバスで移動し、庶民の間に入り、同じものを食べ、同じトイレで雲古して歩いた。それだけに彼のルポは真実を抉って行った。チリでもそうだったのだ。

 そうして開高はチリのあらゆる階層の人たちから話を聞いて、まとめていく。新聞記者や大学教授の解説とはひと味違った論考になった。
 アジェンデ大統領の人格は慕われた。その政策が善意であることも理解されていた。だがその個人の評価とは別に、政治と経済では(CIAの妨害もあって)混乱を招き、貧困の度合いが深まっていった。

 アジェンデ政権は社会主義を掲げていたから当然、はじめは弱者、貧困層を救い豊かにするスローガンで順調に滑り出したかに見えたが、すぐに以前より貧乏はひどくなった。
 (まるでかつての美濃部都政を見るようだ)
 階級差、貧富の格差は、アジェンデ以前も、アジェンデ以降も何も変わらなかった。

 なぜ社会主義・共産主義の“理想”は挫折したか。チリでは、アジェンデの身辺にサヨク学者、知識人、それに日本の民青みたいな連中が群がった。利権と権力をほしがる人間の性は、資本主義も社会主義も変わらないのだ。
 農民は土地を解放され、分配されたかに見えて、その直後にお定まりの集団農場に組み込まれる。ソ連のコルホーズや支那の人民公社と同じ運命を辿った。

 大地主の農奴から、国家の農奴に転換しただけだったから、たちまち労働意欲は失せ、全体のためになどというスローガンは空念仏となった。ストライキが頻発するようになる。国家の蓄積はなくなり、インフラも整備できなくなる。
 工場でも鉱山でも、縁故関係が支配し、党の幹部やその身よりが特権的立場に就く。彼らは演説ばかりに耽って、口ばかり達者に動かしたが仕事は二の次にしていく。
 あらゆる物資がなくなっていき、普通の庶民が肉屋の前に長蛇の列をつくっているのに、党幹部の家にはこっそり裏口から運び込まれた。これを庶民は気づかないわけがない。

 やがて、汚職、背任、偽善、公金横領…、舛添を何倍も悪くしたような巨大な暗黒社会になった。
 こうして見てゆくと、チリのアジェンデ政権で起きたことは、アジェンデ個人の資質というより、ソ連でも、中共でも、北朝鮮でも見られた汚穢現象なのである。
 
 この真実を開高は現実を取材することで、われわれに提示し得た。
 
 アジェンデ時代には、ねり歯磨きを街角で一ひねりずつ押し出して売っていたという。こういうことは、東京にいて大学の政治学者や経済学者のご高説を承っているだけの記者どもにはわからない。
 日本がやがて支那や韓国に占領されたら、こういうことになると像を描くとよい。
 奴らは日本より貧しいのだから、日本の富は一切合切持ち出すに違いないのだから。

 かつてナチがルーマニアを占領したときに、ルーマニアの土は上質だからと、ナチは列車を仕立てて土をドイツに運んだ。支那や韓国が日本を支配したら、こうなる。

 話は飛ぶが、アメリカは日本と支那を戦争させたがっていると言う向きがある、媚中副島隆彦がそうだ。
 アメリカは日本と支那が同盟することには警戒しているだろうが、
戦争させてもトータルでは利益にならない。
 日本の工業力、技術力は、アメリカにとっても宝なのである。在日米軍が基地で働く日本人の優れた整備の力があってこそ、稼働することができるのだ。
 戦闘機だって日本の高度な技術力なしには飛ばせない。

 軍艦も飛行機もメンテナンスが非常に難しく大変なのだ。以前にも書いたが、兵頭二十八氏によれば支那の人民解放軍はメンテナンス力で大きく劣るのであって、兵器の数は多いようでも使えるとは限らない。
 これは腰だめで言うのだが、仮に支那軍の軍事力の稼働率が10%だとすれば、在日米軍や自衛隊は90%で、その他ヨーロッパなどの在外基地では国によって違うだろうが50%しかない、といったありさまなのではないかと想像する。

 日本では米軍基地の中で、日本人労働者が毎日やってくるけれど、帰るときにものがなくならない。こんな国はほかにない。まして支那では「公」の意識は皆無だから、工具やパーツはどんどんなくなっていく。
 そういう軍隊がはたして、本気で日本に戦争を仕掛けるか? 
 あくまで、戦争するぞと脅しながら、ジリジリとひた押ししてくるだけだろう、目下のところは。

 米軍は世界中に基地を置いているけれど、日本ほどちゃんと働いてくれるところはない。だからトランプがどう吼えようと、アメリカは日本を手放さない。
 最近、沖縄で米軍関係者が強姦殺人や交通事故、覚醒剤所持など不祥事を起こしている。それに対する在沖縄米軍の対応が早く、厳しい。なんと基地のなかでも外でもいっさい禁酒だというのだから、驚かされる。

 そういう措置がとられるのは、日本から追い出されたら、米軍が弱体化してしまうからなのだ。
 国どうしは、対峙の面はあるが、お互い利用し合う関係でもある。
 なんども言及してきたが、現実の世界はポーカーのごとき、あるいは麻雀のごときであって、ゲームの相手がいればこそ成り立つのだ。ゲームは一方的に勝つためだけにやっているのではない。メンツがいなければ成立しない。

 戦争をやって憎いゲームのメンツを叩き潰せば、いっとき得したとしても利益はあがってこなくなる。生かさず殺さず、相手国を存続させながら、どうやって利益を取るかになるのである。
 現代ではかつてのローマ帝国がカルタゴを殲滅したようなことは起こせない、と少なくともアメリカは思っているだろう。支那はバカだから、ローマ帝国気取りでやらかそうとする。

 話をもう一度チリに戻せば、たいていの国ではその国民性がいい加減なのである。社会主義だからというより、誰もが自分だけが特権階級になろうとし、縁故を利用して旨い汁を吸おうとし、口先だけになっていく。チリの国民性もそうだったのだ。そのだらしない「公」の欠如した認識に上書きするように、社会主義共産主義にして社会は滅茶苦茶にされた。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 🌁| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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