2016年06月19日

子供のボクが言うのもなんやけど(舛添辞職篇)


 5月21日のブログで、「子供のボクが言うのもなんやけど(舛添批判篇)」を書かせてもろたんやけど、今日は、一応あのゲスが辞職したよってに、また一言いわせてもらいますワ。

 舛添がやっと辞職してくれて東京中が安堵したやろな。舛添がバカにしとった庶民に返り討ちにあったのや。庶民をなめたらあかん、税金盗まれれば怒るに決まっとる。しかし、あのゲスもよう粘ったもんや。それと、舛添問題がワイドショー化して、彼本人をこれでもかと叩くのは舛添の責任とはいえ、恐ろしいもンがあって、それが止んだのもホッとした。
 
舛添が辞めたんはええけど、どこのワイドショーも「週刊文春」の暴露をネタにして舛添いじめ、都議会も本来テメエたちが問題にしなければいけない都知事の不品行を放置しとったくせに、一躍テレビに映るからとはしゃいで、でも追及はテレビで仕込んだいじめ材料のみやった。

 媚中・副島隆彦は、自分のサイト(学問道場)で舛添を擁護してまんナ。
 「私は、舛添要一都知事が、かわいそうだ。あんなにいじめられて。なんとか都民が声をあげて、舛添要一を救けなければ。いいじゃないか、数百万円のけち臭い私用や、公用車の私用や。あんまり、細かいことを言うなよ。都知事としての仕事をしてくれていれば。彼は、今の日本国にとって大事な人材なのだ。」
 と、こうやねん。

 ほらナ。副島はんはいつものように、どうして舛添が今の日本国にとって大事な人材かの理由を述べないでっしゃろ。すかたんやねん。
 たしかに奴がちょろまかした金額は小さいかもしれんけど、問題は奴が韓国利権ズブズブやちゅうことと、都民のために働いとらんいうことやデ。ウソにウソを重ねたことも、自分の子供に辛い思いをさせたことが悪いゆうてんねん。

 最初、海外出張や公用車での別荘通いがメディア記者に問われたときは、傲慢そのものやってん。「これはまったく問題ない」と開き直るいうより、都民に対して「そんなことも知らねえのか」と見下した態度やった。定例会見でも、記者に対して「うん、うん」とうなずいてふんぞり返りくさっとった。

 風向きが変わり、「週刊文春」が連続してスキャンダルを報じ、舛添の人間性が「なんや?」と問われるようになると、「うん、うん」とは相槌を打たなくなり、「法にのっとっている」「第三者の厳しい目で精査」などと逃げ始め、傲慢はやや影をひそめだしたなあ。
 さらに追い詰められると、「これは真摯に受け止め」「反省して参りたい」と一見低姿勢に転じたのや。

 けど、6月13日都議会集中審議などで、不信任決議をしたら都議会解散をするぞとほのめかしたことが逆効果となって、都議会議員全員がアタマにきてからに、かばわなくなりよった。「ここで止めたら死んでも死にきれない」「子供のことを思えばすぐにやめたい」「都政の混乱が心配だ」と泣き落としを抜かすに及んで、みんなその浅はかな戦術に呆れ果てたのや。

 自民党・公明党の本部から、「参院選挙で不利になるからさっさと止めさせろ」と圧力がかかり、腰が引けていた都議どもも舛添辞任やむなしに傾いたわけや。
 この事件についてはみんながあれこれ言うやろが、ボクはこれは戦後教育のことが一番問題やと思うねん。
 舛添のルーツを取材した以下のテレビニュースがおもろいデ。
奴の人格形成のルーツを探ったものや。8分ほどのもんやが、「やっぱりや」とうなずきながら見られる。
https://www.youtube.com/watch?v=sUmPx53X3n0

 彼の出身は北九州市で、古くは八幡市だった地区で、製鉄所で有名なとこや。戦争直後、一家は市場で八百屋をやっていた。市場というてるけど、闇市だったとこが残ったんやろな。なら、おそらく闇市を占拠したザイニチや。テレビでは、今は広い道路になっているとこを映しとった。つまり、市がもともとザイニチ不法占拠されていたところを、区画整理として立ち退かせたんやろな。

 舛添の水の飲み方が朝鮮飲みやし、パククネに会って卑屈に笑って新宿に韓国人学校を建てる約束をしてくるなんぞは、まさにザイニチの卑しい所業。ウソは平気でつく。ウソがばれても開き直る。ことごとく朝鮮人の特徴まるだしや。祖父母の情報がないのやし。
 舛添辞職で“除鮮”が進んだいうてウチのおかんが喜んでおった。

 貧乏人の子だくさんで5人兄弟(上は全部姉)の末っ子やった。幼稚園のときから友達がいなかったと近所のばあさんから証言をとってる。ザイニチやから近所付き合いができないねんナ。
 中学2年で大黒柱の父親を亡くし生活が困窮する。でもがんばって高校にあがると成績は常に一番。写真を見ると、高校生とは思えない人を射抜く目つきで、まるではぐれオオカミみたいに人を信じていない目やな。

 心の内の貧しさ、余裕のなさがあらわれとる。このとき人生の師と出逢わなかったのが一番の彼の悲劇や。師から「君の顔は直しなさい」と指導してもらえず、勉強ができる奴にみんな恐れをなしてしまった。
 彼は猛勉強して秀才となっていたのや。部活は陸上の短距離選手、ちゅうことは集団競技が苦手やったんやな。高校教師が10年20年に1人の逸材というほどの受験秀才や。それで東大法学部に現役合格。おガキ様のころから、今にみとれ、ワイが一番になったる、言うて駆け上がろうとしてきよったんやな。

 受験勉強にそれだけ入れ込めば、あわれなもんやが、自分のことばっかりになりよる。自分が良ければいいになる。テストの質問に完璧に答えさえすればええのや、自分の意見はなくてええ、世間を欺こうがなにしようが勝てばええのや、という思考回路ができてくるのや。その典型やデ。
 今度の騒動でも、終始一貫、奴の弁明の反省は言葉だけの言い繕いで、魂の、いや感情のカケラさえなかった。勝ちたい、言い逃れたい、知事でいたい、それしかあらへん。

 ウチのおかんがテレビ見ながら言うてたデ。飢えた野獣のように受験勉強まっしぐらで、他人を平気で蹴落とす奴や。学校のセンセたちに人間の魂を教えてもらわんかったんやろなと。一番になってもうたら反省なんかできんようになるデ、あんたも気イつけや、人生はお金やないねんで、言うてたワ。

 人間性は顔に出るんや。舛添の顔見て本質がわからんのはアホや、卑しい顔は創られるんや、子供がどんなにイジメにあってもその気持ちがわかる男ではない、と言うとった。

 舛添の人間性に問題がおおいにあるちゅうことは、マスゴミ記者なら知らないはずがなかった。新党を立ち上げたって誰も寄って来よらんかったやないか。自民党だって公明党だって知らないはずがないデ。なのにあの都知事選では、マスゴミがあのゲスを都知事にしようとキャンペーンを張りよった。これはいったいなんや? 韓国や支那の謀略だったんやろか。
 政治家どももマスゴミも、舛添がこういうセコイ男で、女にもだらしなくて、いずれ問題を起こすことはわかっていたはずや。

 舛添の最初の妻は革マル派で活動しているときに学生結婚。フランス留学中に現地の女と結婚。次が片山さつき(財務官僚)と見合い結婚。三人目が現妻で、もとは奴の秘書。ほかに2人の愛人がいて、婚外子が三人もおる。蓮舫に懸想しよってプロポーズまでして断られたそうや。
 片山さつきとの離婚は、舛添の暴力が原因と言われとるそうや。

 女も女や、とおかんも言うてたで、東大法学部卒の肩書きに目がくらみよってからに、アホや、言うて。結婚するなら人間性を見なあかん。うちの兄やんはAKB 48に入れ揚げとるアホやが、人に危害を加えたり、人を騙して犯罪者にならんだけ舛添よりましやとも、おかんは言うてはった。それも一理や。
 
 これはやね、やっぱり出自の問題にからむ劣等感と、受験秀才ゆえの魂の欠落以外のなにもんでもないんや。舛添は一番になるんやったら、受験のルールに従えばええと見抜いてきたのやが、それさえ実現できたら何でも自由になると勘違いしたんやろな。女にだらしないのんも、俺ならなんでもできるという思い込みからや。人の上に立つ人間は人格者でなければいけない言うような日本人のマインドが舛添に絶無なんはあちらの人間やからや。

 結局、舛添事件の教訓いうのんは、みんな政治とカネの問題や、政治資金規正法がザル法やから悪いんや言うてる。それはそうやが、ボクが思うに、受験教育がもたらした魂の欠落と、ザイニチの問題ということやと思うねん。
 本来、政治資金規正法は、政治家がワルをやらんはずやという信頼の元に創られて当然なんや。常に抜け道を探したろ、いうのんが政治家になるとは想定しとらん。

 なんぼ抜け道を塞ごうとしたって、法に完全はない。だから少しでも疑わしきは罰す、で、重税を課すとか、1回選挙に出馬させないとか、というシビアな「保険」を賭けるぐらいしかできんやろ。
 



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☁| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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