2016年07月27日

「巨星」になりそこねた滝村隆一氏(3/4)


《3》
 滝村さんが湯船に漬かりながら本の耽読を続けたことを私が批判したのは、ささいなことだと思われる人が多かろう。そんなことより、彼の大册を読んでからものを言え、と。
 では、このことがいささかも「ささいな事」でないことを説いてみたい。

 みなさんは普段着ている服は、なんの苦労もなく着たり脱いだりしているだろう。飯を喰うにしても、箸を苦労して使うなんてことはあるまい。別のことを考えながらでも服を着たり、箸でご飯を食べたりすることはできる。
 しかし誰も覚えていないはずだが、2歳や3歳のころに苦労したはずである。できないものを練習してできるようになったのだ。

 これはどういうことかと言えば、細胞のDNAが、何もないところから、あたかも生まれつきそういった能力をもっていたかのように、組み換えが行なわれたということである。脳細胞が、とりたてて意識しなくても統括できている。
 いつも空手の例を出すから、今日は卓球を例にする。世界選手権レベルのプレーヤーはコートの上でめまぐるしいスピードで球の打ち合いをやってのける。

 相手が打ちこんできた球に瞬時に反応して相手の隙をつくべく全力で打ち返す。そのくり返し。あれは相手が球を打ってから、さてどうしようかなどと考えている余裕はない。ほんのコンマ何秒で勝負がつく。囲碁や将棋なら長考することは許されていても、卓球ではもう考える暇もなく動いて叩き返していなければならない。
 むろん練習につぐ練習でそれができるようになった。これがいわば本能レベルになったという。
 武道でいえば「動けば技」になった。その高度なレベルで脳が統括を可能にした。

 つまり、あたかも生まれつき卓球選手だったこのような身のこなしができるまでに、細胞のDNAが変わったのである。
 彼ら選手は誰でも想像がつくように、練習するのが嫌々やっているものはおるまい。他人からみればアホらしいと思えるような辛い練習を喜んで、進んで取りくんだのだ。

 当然に、滝村さんは本の耽読に熱中し、風呂の中に持ち込むまでに至った。それは好きで、喜んで、やったのだ。だから風呂の中での読書が苦痛どころか、至福の時でもあったろう。だから彼の場合は本の耽読が本能レベルになった。遺伝子の組み換えが完成したとも言える。それによって何を失うことになったかは、すでに前回述べておいた。

 本の耽読をするように、それが苦痛どころか歓喜になるよう量質転化させたので、生身の五体もそういう認識的及び生理的統括をすることができるようになったのである。そうなるしかない。
 これも「動けば技になる」レベルだから、脳細胞が五感器官を通した反映をもとに、統括するようになるのだ。

 これは視点を変えれば、優れて統括の問題である。そして統括といえば? そう、国家である。国家の機能は統括だ。統括の問題を解かなければ、国家論も解けないのは理の当然なのである。統括ができなければ他共同体との対峙もできない。
 みなさんはたかが風呂で読書して何が悪いと思うだろう。それは学者でもない、武道やスポーツの達人でもない、歴史に残る藝術家でもない人にとっては、たしかにどうでもいいことだ。

 前回、空手をある程度極めて、生の五体を駆使して論理構造に分け入る術(すべ)を身に付ける修練過程がなければ弁証法もヘーゲルも解るはずがないとしたためておいた。また、組織を創って運営してみなければ国家はわからないとも書いた。
 たかが風呂の入り方でありながら、それこそが生の五体を駆使して「統括」という事実と論理構造に分け入る術(すべ)に大きく関わるということを説いてきた。だから学者にとっては風呂の入り方すらが、どうでもいい話にはならない。

 「統括」はドイツ語で、Zusammenfassung(ツーザメンファッスング)というが、これは哲学用語として重要な概念で、ヘーゲルの概念語なのである。
 言うまでもないことだが、「総括(そうかつ)」ではない。辞書のなかには統括と総括をごちゃ混ぜ、一緒にしているものがあるやに聞くが、間違いである。

 学問誌『学城』13号の悠季真理先生による論文「哲学・論理学研究余滴(四)」にも、Zusammenfassungについての論考がある。
 Zusammenfassungは、ヘーゲルが20代〜30代のころに発刊されている辞書にはない言葉だという。名詞になっていなくて、動詞の用いられ方をしていたのではないかと説かれている。
 Zusammenとは「ある共通の方向性を持つという意味合いで、いくつかのものがある一つの所へともたらされる、ある共通な存在へと、一つ所へと集まるということを意味する」と述べておられる。

 Zusammenfassungは、「総括から統括への意味合いに近かったのではと思われる」とも。その後に、
 「Zusammenfassungという1つの形としてはっきり用いられるようになるまでには人類の認識がそこまでに至る過程があるのだと思う。当初は形にならないものが、あるところで、はっきりと目的意識的にこれだ、と認識するようになって、いわゆる一語で表す、名詞化するようになっていくとの歴史性があったのではないか。」(p.63)と説かれている。

 私たちはうっかりすると、Zusammenfassungという言葉ひとつとっても、ヘーゲルが使った概念だとして、出来上がったものとして、鵜呑みにしがちであるが、悠季真理先生がまさにここで述べているような、弁証法で捉えないと(別言すれば過程(運動)で捉えないと)本当の理解には至れないのだと思う。
 つまり弁証法を棄て、他人の弁証法のない本を耽読することは、こうした重要な概念をも静止的に捉えかねないのである。

 風呂の中でどう過ごすかなんてことは、どうでもいいようなものに見えようが、どういう風呂の入り方ならどういう認識と実体の統括が行なわれるか、またそれはいかなる過程性を把持するのかを、そういう日常生活の科学化によって、私たちは生の五体で「統括」とはいかなるものかを知る術(すべ)を得られる。

 大きなスケールで言えば、〈生命の歴史〉は、地球自身と生命体との統括の運動であった。悠季真理先生の言葉にならえば、「当初は形にならないものが、あるところで、はっきりと目的意識的にこれだ、と認識するようになって、いわゆる一語で表す、名詞化するようになっていくとの歴史性があった」と言えようそれが、〈生命の歴史〉ではないか。
 
 言い換えてみれば「当初は形にならない〈生命現象〉が、あるところで、はっきり(あたかも)目的意識的に「生命体」となって、地球の統括から離れないながらも独自の発展を遂げていって、それが〈生命の歴史〉になっていく歴史性があった」と言えようか。

 国家も同様である。はじめはサルの群れとしての本能的統括があったが、人間となって本能が喪失することによって、代わりの統括形態が生み出され、それがやがて〈国家現象〉になり、ついにあるところではっきりと目的意識的に〈国家〉が形成され、本能に代わる認識による統括が完成されてゆく。

 滝村隆一氏は、国家を広義の国家と狭義の国家とに分けて考えた。広義の国家は、他と区別される地域的小世界を形成する共同体そのものが、手段を問わず征服により支配と抑圧を達成するために、外部に向けて政治的な権力を共同の意志として発動する。
 狭義の国家においては、共同体の中に経済的な支配・被搾取の階級が生まれ、この二つの階級の不断の闘争によって社会が崩壊してしまわないように、第三の権力としての国家権力が生まれる。

 最晩年の『国家論大綱』ではどんな構造的発展があったかは、わからないけれども、これでも端的に見てとれるように、この国家論は、近代国家を正面に据えて見ている。歴史性で捉えていない。
 つまりは、Zusammenfassungの概念を、悠季真理先生のようには、弁証法で、あるいは歴史性で捉えることができなかったのだ。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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