2016年09月01日

天皇の「深い反省」を糾弾する


 恒例の8月15日の戦没者慰霊祭で、明仁はまたも先の大戦の「深い反省」を述べた。私は腑(はらわた)が煮えくり返る。
 反日サヨクメディアは一斉に、安倍首相の式辞の中に大東亜戦争における「加害責任」に言及がなかった、と報じた。歴代の首相はみんな「加害」を入れていたのに、やっぱり安倍は極右だと言いたいのである。

 青山繁晴は「虎ノ門ニュース」で、昨年の戦没者慰霊祭での天皇の発言は、メディアが天皇による安倍批判だと騒いだ影響で、今年の式辞は、安倍批判と受け取られるような文言は大きく削除してあった、と指摘。だから天皇の「御心」はただ平和を祈念しているだけなんだ、見事だとべた褒めした。

 天皇側の真意は分かりかねるが、どうせあんなものは宮内庁の役人が書いていて、昨年はやり過ぎたと思って今年はやや穏やかにしただけではないか。明仁は相変わらず自虐史観に変わりはない。

 とにかく支那や韓国、その他アジア諸国に「謝れ」「謝りつづけろ」が反日マスゴミの姿勢であり続ける。もう71年も経つのに、いまだにこれだ。
 その風潮に、愚か過ぎる明仁までが乗った。あるいは乗らされた。だから「深い反省」とわざわざ言って、安倍首相をも暗に批判している。

 厳密に言えば、天皇が慰霊に託しての個人的史観を表白することは憲法違反である。そのうえ「反省」という政治的言辞は、明白に支那、韓国、アメリカなどへの媚び追従である。首相への批判を含んでいる。

 どうせ、明仁には歴史や国家のなんたるかを思考する実力は期待できない。学習院でさえ卒業できなかったほどの「ご学力」なのであるから。
 息子も長男はもう廃太子寸前の木偶の坊となり、弟夫婦だけがまとも。嫁の雅子の不行跡にも一言も言えないくせに、戦争になると「反省」か? 反省だけならサルでもできるぞ。

 「深い反省」と言ったなら、それは明仁が大東亜戦争(明仁は太平洋戦争と言いたいだろうが)を、サヨクが言うように「加害者」としてしか見ていないことを証立てている。裕仁も明仁も「大東亜戦争」という正式呼称を「お言葉」のなかでつかったことはあるまい。そこにも明白に自虐史観の持ち主であることが見てとれる。

 反省など慰霊祭でされたら、あの戦争で亡くなった人たちは皆「過ち」のために、犬死したのだと宣告していることになる。あるいは加害者だった、と。
 いったいどのツラ下げて、英霊をそこまで侮辱できるのか。
 天皇皇后は、自分たちの思想信条にそぐわないからとて、靖国にも参拝を拒否し続けている。

 戦中も、敗戦後のものがない時代も、明仁は何不自由なく暮らしていたから庶民の気持ちはわからない。また、やんごとなきご身分では、白人の植民地にされ、奴隷扱いされたアジアの人々の塗炭の苦しみなど解りようがなかった。

 明仁はパラオへ私情優先で「慰霊」にわざわざ出向き、海保の巡視船を手術室完備の1泊だけのホテルに国費を使って改修させた。わが国の海防の一翼を担っている艦を、任務を奪ってパラオまで行かせた。予定になかった「韓国人の碑」に勝手に立ち寄って首を足れる愚挙まで。

 植民地から解放された国々の人たちは、みんな日本に感謝したのだ。直接感謝しないまでも、日本が白人支配を打ち返したおかげで、虐げられていた国は次々に独立することとなり、今や支那の属国以外には植民地らしいところは皆無になった。
 この偉業のどこが「深い反省」になるんだか、明仁に尋ねても答えられまい。どうせあの式辞は役人が書いたものを棒読みしているだけだろうから。

 しかしながら、天皇崇拝者や愛国を標榜なさる自称保守の者どもは、このことを何も語らない。天皇がしゃべればなんでも許しちゃう、なんでも崇めちゃう。アホか。
 かつては天皇のために死んでいった英霊が、ほかでもない現天皇によって犯罪者呼ばわりされ、侮辱されている事態を、自称保守の連中は平気でいられるのか。
 「反省」では英霊が嘆き悲しむことが分からないのか。

 自称保守の人々は明仁夫婦の慰霊の旅を、やたら持ち上げているが、あれは英霊への慰霊旅ではなく、サヨク的反省と日本悪しの自虐史観の旅である。だから8月15日にも、性懲りも無く「反省」と言ってしまう。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☔| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
つくづく教育というものの恐ろしさを感じます。
ジミー少年はマダム・ヴァイニング、つまりGHQの教育の大成功例でしたね。日本国の象徴である今上陛下こそが反日勢力の錦の御旗になってしまっている、この救い難い逆説的現況。ネットもやらない陛下は取り巻きサヨクと反日マスゴミの論調から臣民に支持されていると疑いもしない。まさに裸の王様としか言いようがありません。
Posted by のもんはん at 2016年09月01日 09:52
のもんはん様
コメントありがとうございます。
ジミーはなにせやんごとなきお方で、自力でものを考える実力をつける必要がさらさらない。だからヴァイニングの言いなりになったのでしょうね。
Posted by のもんはん様へ(ブログ筆者です) at 2016年09月01日 18:41
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