2016年09月21日

鹿児島・三反園知事の不見識をなじる(2/2)


《2》
 そもそも原発は「停止」はできない。構造上そうなっている。現在も点検のためというかサヨクの妨害で「停止中」の原発はあるが、原子炉内で停止しているわけではない。電気を取り出す運転は休止しているだけで、炉そのものは核分裂を続けている。

 つまり「発電」は止めているが、原子炉は稼働状態なのだ。稼働状態は停止させられない。
 これを武田邦彦氏は、譬えるなら新幹線が走っているとき、速度を上げている最中は電気を使ってモーターを回しているが、あるスピードまで来たら、モーターは切って、惰性で走らせているようなものだと解説していた。

 新幹線に限らず、電車はおおむねこういう運転をする。モーターを回すのは速度を上げるまで、後は切って、惰性を利用して走る。だから滑りやすいレールがいいのだ。
 原発もそれと同じで、廃炉にしないかぎり「停止」はない。そういう基礎知識も三反園はないのではないか。

 地震や津波が発生したとしても、発電機を止めていようがいまいが、危険度は全く同じだ。それならば発電・送電して電気料金を下げた方がよっぽど国家・国民のためになる。発電しなければ、日々5億円の損害が出るとも言われる。三反園は知事の権力を振りかざして九電を脅して原発を止めさせたら、法的根拠無しでやらかすのだから、訴えられたら敗訴は明らかだ。

 その九電への損害賠償は、彼がポケットマネーで出すのかい?
 いずれ株主訴訟で訴えられる。対応できるのかね?
 どうせ県の予算だ、税金だ、損はないと踏んでのことだろう。裁判は何年もかかる。そのうちに三反園も知事の任期が終わってトンズラ。敗訴しても県が払えばいい。
 思ったとおりの、朝日系記者らしい無責任体質と尊大な態度。

 早速、毎日新聞は社説で「知事の停止要請は重い」と掲げ、住民の安全を最優先にしろだの「県の意向をおろそかにしてはならない」と言う無責任。三反園の公約「原発のない社会」を称讃している。
 国政と県政の区別と連関もついてないオタンコナスが論説委員か?
 まずは「停止要請は重い」というのではなしに、「知事の要請はトンチンカン」とでも言うべきである。

 新聞が言論機関の一翼を担っていると言いたいなら、ちゃんと本当のことを報じて、国民が考えられるように情報を提供すべきではないか。

 福島第一原発の事故に関しては、反原発派はうそばかり。地震でも津波の衝撃にも原発は耐えたのだ。事実、女川原発はびくともしなかった。福島第一はGE社の不良品を摑まされ、電源の位置が低過ぎたために津波の「海水」が流れ込んで、電気が止まったために溶解を起こしたのだ。

 その意味では、私は原発自体の安全性と技術力は信頼できると思っている。
 だから東日本大震災クラスでも熊本クラスの地震でも、原発は壊れないと言うべきである。
 それすら信じられないなら、新幹線も飛行機も運行できす、高速道路はクルマを走らせられず、高層マンションも住めないことになる。

 しかしながら、そもそも原発推進派の言うことだって、脱原発派と同じような無責任がまかり通っている。
 原発停止を命じられるのは規制委だけだが、その組織はなんと原発の専門家はいなくて、長く委員長をやっていたのは東京大学地震研究所のドンだった。原発のことは分からないご仁である。震災後に就任した現在の田中俊一はこれまた原発の建家の専門家である。おいおい、何やってんだよ。

 さまざまなサイトで、田中は悪評さくさくだ。ほかにもこれまでに、さんざん電力会社の説明は不誠実であった。国民が不信感を抱いて当然だった。
 だからといって、三反園の言う住民の不安の払拭は間違いである。
 熊本地震程度では原発はびくともしないからだ。

 原発はコストが安い、原発で電気をつくれば電気料金が下がるというのは嘘だ。火力発電や水力発電と比べて原発は、トータルコストで遙かに高い。
 安いと主張する根拠(カラクリ)は、電力会社が使用済み核燃料を資産として計上しているからだ。使用済み核燃料、つまりゴミも燃料になるとして資産にしている。

 だから電力会社も政府もプルサーマル計画(核リサイクル)に拘泥している。再処理をしなければ、資産でなくなってしまうからだ。新たに燃料を生産していることにしているから発電コストが安く見えるだけの詐術。やめるにやめられない。

 しかし度重なる事故やミスで、核リサイクルの見通しは立っていないではないか。使用済み核燃料は増え続け、どう処理していいのか決まらず、経費もかかるばかりで、手に負えなくなっている。

 馬鹿げた話である。ここを誰もがごまかしている。原発推進に双手を上げて賛成するわけにはいかず、暗澹たる未来が待ちうける。

 かといって脱原発にすると、いきなり電力会社から膨大な資産が消える。消えるどころか核廃棄物の処理管理費用が計上され、全電力会社が一気に赤字になって倒産する。貸しつけていた銀行も大打撃を受ける。大量の失業者も発生する。
 むろん電気は家庭にも交通機関にも、工場にもこなくなるか、バカ高い料金になる。

 発送電分離なんて施策をやったから、さあ新規に送電事業に参加した企業はどうなる? 投資分は返ってこない。
 太陽光発電や風力発電は、環境破壊につながるし、コストがバカ高くなる。太陽光や風は只のようでも、設備が公害になりコストが高いので、意味がない。

 廃炉したくても、何十年もかかる。その間の費用はもう電力会社には出せない。誰が出す?

 だれもが怖くて言い出せず、問題の先送りをしているだけ。
 核廃棄物の負の遺産を、子供たちに負わせて良いのか。
 三反園はこういう全体で考えなければいけないのに、気安く、ただのスタンドプレーで「脱原発」「ただちに停止しろ」などと言うべきではない。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
国家で原発を利用しているのだからそのツケは国家で払うべきだと思いますね。
「私は反対だから」で逃げることは許されないかと思います。
Posted by たていと at 2016年08月30日 11:52
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