2016年09月27日

東京都民政局長室占拠事件の真相


 8月27日の虎ノ門ニュースを見ていたところ、高山正之氏が衝撃的な“事実”を語った。1950年代に、都庁がまだ丸の内の鍛冶橋にあったころ、「解同」の連中が大挙して都庁に押し寄せ、占拠した事件があった、と。美濃部都政のころだった。占拠は3カ月にも及んだ。彼らの要求は、荒川区と墨田区を自治区にしろと言うものだった。
 しかし、後難を怖れてマスゴミは一切これを報道しなかった。さすがのサヨク美濃部もこれは受け入れなかった、とか。

 早速調べてみた。Wikipedia には、「東京都政不当介入事件」と出ている。または「東京都民政局長室占拠事件」とも言う。ただこの事件の呼称は、共産党が言っているのでも、都庁側が言っているのでもないと注釈がある。マスゴミも報道しなかったから「名前はまだない」という漱石の「猫」みたいなことになっている。
 まず美濃部都政は、1967年から1976年までの3期である。1950年代ではない。また、50年代には解同による占拠事件はなかった。

 1974年8月26日から8月30日まで部落解放同盟の構成員が東京都庁民政局長室を占拠し、「6項目の確認」の受け入れを東京都に要求した事件はあった。3カ月ではなく5日間である。これなら、美濃部都政の3期目での出来事である。

 民政局室の占拠とされるが、高山氏は、解同のメンバーは建物内の階段にぎっしり座り込んでいたという。
 5日間もこんな不届きな連中を排除しないで、座らせていたのは、やっぱりサヨク美濃部のバカさ加減である。

 解同が要求したのは以下の6項目である。高山氏が言うような荒川区と墨田区の自治要求は含まれない。

1.応急生活資金については、部落解放同盟都連を通じて申請したもの(43名)についてはただちに貸与する。その他のものについては「東京都同和対策協議会」(東京都と部落解放同盟都連だけで構成)小委員会で協議し、東京都と部落解放同盟都連で、「自覚、自立の意識」を高める教育をおこなったうえで貸与する。
2.都立産業労働会館(現・東京都人権プラザ)を、狭山闘争本部として、宿泊も含め、約1ヶ月間の使用を認める。

3.部落解放同盟代表と都知事との面会を9月10日までにおこなう。
4.狭山裁判についての決議を、都議会側と協議して、審議を促進、決議するように働きかける。
5.部落解放同盟正常化都連(現・人権連)のビラ(8月30日付)に事実と違うところがあるので、訂正したものを都が出す。
6.過去5年間の東京都の同和行政を総点検する。


 結局、この要求に対して東京都はどんな返答をしたかというと、Wikipedia には以下のように書かれている。

 第1項の生活応急資金融資については、窓口を部落解放同盟に一本化せよ、というのが部落解放同盟の要求であった。ところが都側がそれを拒絶したため、部落解放同盟は民生局にそのまま居座り続けた。そして8月30日までの5日間、民生局長室に立て篭もり、荊冠旗を窓から突き出すなどの示威行為をおこない、その結果、民生局の業務を麻痺させた。
 結局、東京都は第4項と第5項を除いて部落解放同盟の要求を受け入れた。都知事との面談も9月13日に実現した。


 しかしながら、東京都が解放同盟の行動を「都政に対する不当介入」だと主張している訳でもなく、刑事事件・民事事件として立件された事実関係も存在しない。
 高山氏は、当時の民政局長に取材したそうだが、解同との「交渉」の過程で、3度もメガネを壊されたと語ったそうだ。アルミの灰皿を投げつけられたからだ。暴力で要求を通したのだ。

 だいぶ高山氏の記憶違いはあるが、大筋ではあった事件であった。
 報道がまったくなされなかったから、国民は知るよしもなかった。
 トップに立つ都知事が解同のシンパなのだから、一介の局長クラスではとうてい拒否しきれるものではない。知事が警察を呼んで排除し、メディアも報道すればなんとかなっただろうに、これでは言いなりに屈服するしかない。

 みなさん、これがサヨクなんですよ。昨年夏に「安保法制反対」をわめいた連中なんですよ。9条を護れと言っている連中がこれなんですよ。NHKや朝日新聞などが応援しているサヨクの正体なんですよ。

 こうやって戦後、軍隊がないばかりに、在日が暴れ回ったのだ。
 高山氏は、例えば都庁の役人の家にまで大挙して押し掛けて、怒鳴って脅したと証言している。これはその通りだった。
 出版社や新聞社もずいぶんと、「差別語」をネタに解同に押し掛けられて大迷惑した。これを取り締まることは警察もしなかった。彼らは憲法を振りかざして、結社の自由とか、言論表現の自由とか、差別禁止などを楯に、暴力を振るって屈服させたのだ。

 出版社や新聞社に衆を頼んで押し掛けて、大音量で叫び、電話をかけてパンクさせ、著しく業務の妨害をやったものだった。社員はみんな怯えた。会社のほうは誰も護っても取り締まってもくれないから、屈するよりほかなかった。交渉できる相手ではない。
 サヨクに批判的な主張をする作家や評論家にも、圧力をかけて、どこからも原稿依頼がこないように妨害した。

 だから知識人は軒並み、サヨクになるしかなかった。屈しなかったのは、福田恆存氏などごく一部である。その名残りは今も続く。 
 マスゴミや学界では愛国者が排除され、日本が悪かったという自虐史観者たちが、出世階段を上がったのである。今もそういうクズがマスゴミを支配をしている。

 幸いにして、保守論壇の雑誌として「正論」「Will」「新潮45」などが登場し販売部数も増え、保守系ネットテレビもできて、サヨクに批判的な知識人にも食っていける場ができたことは大変喜ばしい。

 解同もほとんどが今や在日に乗っ取られていると聞く。今ある在日の特権はこうして役所から奪われたのである。その事実を語ると、在日やサヨクは都合が悪いので、「ヘイトスピーチだ」と言って、弾圧をかける。

 媚中・副島隆彦はサヨクシンパで、昨夏に国会前でドンチャン騒ぎをやったバカ学生を称讃したくらいだから、こうしたサヨクの狼藉には口をつぐむのだ。

 そうした傾向が大きく変わってきたのが、私は北朝鮮による拉致が暴露されて以降ではないかと思う。NHKでさえ、「北朝鮮…朝鮮民主主義人民共和国」と言っていたのを止めた。
 そして「従軍慰安婦」なんてなかったことが明らかになって、朝日新聞の信用が地に落ちたのも大きい。
 サヨクどもが、いかに嘘つきだったかを国民が知るようになった。
 安倍首相の高い支持率もうなづける。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
その事件きちんと本が出ています、ちょっと預けてしまったので記憶で申し訳ありません、旧都庁の窓から首謀者が包丁振り回して、マスゴミを威嚇する写真は衝撃的でした、もし新聞が報道し写真を掲載すれば、一発で機動隊が突入したでしょう、差別で喰う連中、同和ゴロだ人権ゴロだのがいますが、私は東京の団地産まれで同和なんて中学校で赤い教員に言われるまで知りませんでした、様々な方々の告発ブログをみると、大阪は酷いようです、役所が臨時雇用という名目で、雇いその連中が、仕事もせず給料タカる、税金泥棒ですよ、しかも同和対策事業なる公共工事が、連中のでっち上げた会社が落札するようです、日本國の癌ですね。
Posted by 政界ウォッチャー三十年 at 2016年10月15日 17:45
政界ウォッチャー三十年様
都庁による豊洲移転にも奴らが関わっているのでしょうね。
Posted by 政界ウォッチャー三十年様 へ(ブログ筆者です) at 2016年10月15日 18:39
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