2016年12月13日

鏡は何のために見るか


 日本人の顔つきの話である。
 良いほうの話からすると、ときどきNHKTVの「サラメシ」という番組を見ることがある。もとはサラリーマンの昼飯を取り上げる主旨だったのが、ネタ切れのせいか、農業者や職人の昼飯もよく取り上げられている。
 で、そうした場合、やや年配の人たちや真面目に仕事に打ち込んでいる人たちの顔が良いのである。

 「サラメシ」の中で登場する、フォトグラファーの阿部了(さとる)氏が撮影した人たちの顔が実にいい。ランチを食べているときや、仕事の様子を写したときの、みんなハニカんだ表情が素晴らしい。あのカメラマンはそうとう良い腕というか感性をお持ちだと見受ける。人様の昼飯には興味がないが、登場する日本人の良い顔を見るのが愉しみである。

 さて、悪いほうの例になる。
 テレビで国会審議の中継をやっているときに、議員もそうだが後ろに控えている役人の顔が無惨である。小池都知事が登場して、都庁の役人もよく映るようになったが、これがまたあきれるほど悪い顔だ。目が死んでいるというか腐っているというか…。

 全体的には日本人の顔つきが悪くなった。これは作家・林秀彦氏が書いていたことだが、林氏が暮らしていたオーストラリアで、観光に来る日本人と支那人・韓国人を見れば、かつては、日本人はすぐわかったという。支那や韓国に比べて良い顔をしていたからであった。それが近年、見分けがつかなくなり、うっかりすると支那人や韓国人よりひどい顔の同胞がやってくるようになった、と書かれていた。

 このことは、林さんに指摘されるまでもなく、われわれも国内にいて、ひしひしと感じることであった、年々悪くなるという事態が、肌身に感じられる。絶望的にさせられる。昔の映画なんかで俳優、女優の顔を見ると、もう現今のテレビに出ているタレントは無惨そのものだ。
 
 子どもの顔も、なんとか見られるのは小学生までで、中学生になったとたんに崩れ、頭の悪そうな何も考えていない表情、若い力を感じさせるような目の輝きを失う。高校生ともなれば、ほとんどが出来損ないのチンピラ然となり、大学生となると、まさかこれが大学生? となるに至る。

 そういった軍団が毎年4月になると、やにわに男はスーツを着てどこかの会社の“フレッシュマン”になる。東京にいるとそれが4月いっぱいくらいは、ひどく目立つのである。昨日まで、腰をぎりぎりまで下げたジーパンを履いて、頭に真夏でも毛糸編みの薄汚い帽子を深くかぶっていた乞食風体の連中だから、およそスーツが似合っていない。見るも無残な格好である。それが毎年ようやく夏頃になると、会社で礼儀作法を教わるせいか、やっと目立たなくなる。

 かつてはそれなりに欧米でも尊敬を集めた日本人がほとんど消えた。しかしこうなった一番の責任が学校の教師であり、文科省役人である。直接的には彼らが日本人の顔つきをダメにした。むろん、彼ら役人をしてそういう行政をなさしめたのは、おさだまりのユダヤ世界権力の陰謀であるが。
 親も子供に良い本を与えて読ませないからでもあろう。

 ときどきテレビの報道で、海上保安官養成学校とか、警察学校とか自衛隊レンジャー部隊とかの新人訓練の様子を放映している。昨日までゲームセンターで遊びほうけていた若者が、男も女もしごかれて行く様子が映しだされる。ほうけた顔つきの連中が、みるみる良い顔になっていく。物腰もキビキビとして立派になる。そうした訓練の様子を見ると、まだ日本も捨てたものではないなと、かすかな希望が湧く思いがする。

 だから私は日本には徴兵制が必要だと主張している。徴兵では実戦で役にたたないからダメだと言われる。それを承知で、最低でも半年や1年は軍隊生活をし、合宿生活をやらせることで、若者の顔つきが良くなればと思うからである。

 鏡を見ることは頭をよくすることだと、わが流派では説かれる。鏡をみるのは、顔つきを変えるため、立派にするためである。

 顔つきを変えるとは、顔つきを変えることが目的なのではなく、顔を変えようと実践することが大事であって、それにより脳細胞が変わり、立派になることにあり、そうすれば顔も変わる、とわが流派では指導される。それで、いつも鏡をにらんでは顔つきを鋭くする練習をしなさいと。鏡はそのためにある、と。
 やらなければ? …人はそうやって人生のチャンスを逃すというだけの話である。

 つまり、顔つきが悪くなるのは、端的に頭が悪くなることなのだ。顔つきと頭の良さは直結している。頭が良くなれば顔つきも良くなるし、逆に、顔つきをよくすれば頭もよくなる。むろん頭はいいのだが、性格の良し悪しももろに顔に出るものだ。例えば郵政民営化選挙でのしあがってきた、自民党の片山さつき議員などは、受験秀才であっても顔つきは最悪である。あの方も自分でしっかり目的意識的に鏡を見ることがないので、顔つきを創る意識が薄弱なのだ。

 自分でブスを自覚している女はほとんどいないのだけれど…。
 女は得てしてそうだが、自分勝手な美意識、美的センスで己の美醜を判断し、鏡を見ては「わたしって、きれい?」と問いかけるだけで、私って品があるかしら?とは問いかけないらしい。片山さつき嬢も鏡を見て、厚化粧はするようだが、鏡に己の品格を問いかけることはないと見えて、相も変わらず品性下劣な顔つきで平然とテレビに出演する。よくそんな図々しいことができるものだ。

 どんなブスでも、品のある顔には努力しだいでなれるのだから、その意味でも鏡を見て治すべき努力はしなければならない。





posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日本人の顔は悪くなりましたね。
特に男。
かつては、ガマガエルのようでも「この人ならやってくれる」という「男は顔じゃない」が、そこここにいました。
最近は、どこをむいてもつるっとした美形だらけで「あ、モノを頼むだけ無駄」と思わせられるばかりです。腹の座らない顔と言いますか。

女ももちろんです。かつては花柳界だとか水商売にしかみなかった顔が、普通の場所にあふれていて、つまりは「家庭はおざなり、子育ては無残」と言うありさまです。

同じく、化粧は上手な「子供殺し」の母親。よくニュースに出ますね。

年配でも同じ、化粧っ気もないけど、きちんと自分の生き方を守り、凛としている女性は80歳以上にしかいなくなりました。

男は、80歳代はだめですよ。敗戦で打ちのめされた少年たちですから。
もちろん軍隊経験が皆無です。

だからといって兵役をかすことに直ちに賛成できないのは、そこでも、教官自体が、すでに劣化しており、軍を指揮する総理大臣が間抜けだからです。

救いようのない世界だとしか言いようがない。
日本だけじゃないですからね。欧米の劣化ぶりも目を覆います、

輝いているのはアジアかもしれないですね。貧しさが人を鍛えて
Posted by 神戸だいすき at 2016年12月13日 08:25
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