2017年02月04日

マニキュアの恐怖


 以前、テレビのニュースで、明日には大学の入学式に行くという女性を取り上げていて、その娘が手指の爪のネイルアートを美容室でしていた。えらく凝ったネイルアートで一つひとつの爪に立体的な花の模様が微細に描かれていく。当然何時間もかかる。たしか夜の10時ごろからはじめて未明3時4時までかかっていた。ご当人は椅子に座って、爪をいじってもらいながら居眠り。
 そしてめでたく翌日、東海大学に着飾って入学式に臨んでいる映像が映しだされて終わり、だった(東海大のレベルが知れる…)。

 この娘、いったい大学をどういうところだと思っているのか。見た目はまるで銀座のホステスにしか見えない。教授も目のやり場に困るだろう。昔、ミニスカートが流行しはじめた頃、大学では教授たちが太もも丸出しで足を組んで講義を聴く女子大生に困惑していたものだが、すでにそんなことを通り越してしまった。「女子大生亡国論」なる言説も登場したことがあったが、今やそうした勉強する気もない女性に大学が席巻された影響もあって、男子までが途方もなくアホになった。

 さて。今日の話題はこのネイルアートとかマニミュアを爪に塗ることについてである。
 私はどうも変わり者だから、女性の手先にマニキュアが塗られているとゾッとするタチで、むしろ色気を減殺しているとしか思えない。よくあんな気持ちの悪いことができたものだ。
 たぶん西洋の女の真似で始めたことだろうが、心底女はバカだと思う(すみません…)。茶髪、金髪も同じだが。かえって醜くなっているじゃないか。
 茶髪は化学薬品が頭皮から浸透して体のDNAを狂わすと説いたことがあるが、爪とて同じことである。爪に塗った化学薬品が、爪の表面から浸透しないとでも思っているのか?

 別の観点からいえば、爪も外界を反映するものである。例えば冷たいとか痛いとか感じるとは、外界を反映していることなのだ。人体は外界を反映してこそまともに育つし、健康なのであるが、その外界をマニキュアで遮断してしまうのだから、それがどんなに恐ろしいことか。

 例えば、指先にちょっと切り傷ができて、絆創膏を貼ったとする。半日、1日それを付けていると、うっとうしいというか、苦しいというか、ときにはイライラしてはがしたくなるであろう。それは皮膚呼吸ができないとか、外界を反映できないところからくる生理的反応である。

 マニキュアをするとは、そういう体に害になることをやっている。
 ネイルアートとかマニキュアをやれば、爪はボロボロになっていく。若いうちは気がつかないが、じわじわと爪は蝕まれていくし、体も化学薬品が浸透しておかしくなっていくのだ。
 だから不妊になる、生理不順になる、頭が良くならない、腰痛が起きる、体が冷える、不眠…といったような、ご婦人がよく訴える症状が、こういう爪を虐待した結果であるかもしれないのである。

 ネイルアートサロンや化粧品会社の営業妨害を意図しているわけではないが、健康な人生を送りたい人、丈夫な赤ちゃんを生みたい人、頭がよくなりたい人は、爪を塞ぐのはおよしなさい。健康なピンク色したつややかな爪こそ美しいじゃないか。
 それをさらに良く見せたいって…、虚栄心以外の何ものでもない。女心もあるだろうから、まあ年に一度くらいなら良しとしても、毎日会社に塗って行くのは、「あまりに〜も、おバカさん♪」なのだ。

 確かめたことはないが、おそらくピアノやハープ、ギターなどの演奏をするプロはマニキュアはしないだろう。爪がボロボロになったのでは鍵盤は叩けず、弦をつまびくこともできない。
 女子柔道の選手、バレーボールの選手なども、原則的にはマニキュアをできないはずだ。それは激しい運動をするとマニキュアがはがれちゃうから、ではない。爪がボロになったのでは、指先に強烈に力が入れられず、動きも悪くなるはずだからだ。

 学者志望の女性とか医者とかでも、マニキュアをしていたら、その人の実力が十全に発揮されていない、と見るべきである。四六時中マニキュアをしていたら、当然バカになっていく。なぜかはすでに説いたが、爪からの外界を部分的にもせよ反映しないのだからであって、人間の認識は外界の反映で創られるものを、それを意図的にカットするわけだから、認識もボロになっていく。

 外界の反映とは、あくまで実体を通しての反映である。冷たいも痛いも、乾いているも、みな実体の反映である。それで認識が創られるのだ。その実体を反映させる人体の仕組み蔑ろにして、爪なんかどうだっていいとするのは、愚挙、暴挙である。

 会社のOLのレベルなら、あえて意地悪く言うけれど、マニキュアをしてボロになった指先や認識でも、それは務まるレベルだということだ。それでいいなら、別に知った事ではない。
 昔の女性は、雑巾がけなんかをちゃんとやった。あの雑巾を絞る動作が、爪を丈夫にする。それもテキパキをやればなお良い。だから、昔の女性のほうが爪は強かっただろうが、今の女性はみんな爪が弱い。

 室内犬なんかに、マニキュアをする愚かな飼い主がいるようだが、これはもう残酷である。イヌやネコはよく爪を研いでいるが、あれは爪が伸びすぎないようにしているのと、おそらくは爪で木などをひっかくことで丈夫にしているのではないか。本能として。
 こう説いても、女性の方々は爪なんか体のほんの一部なんだからどうってことはない。大げさだ。と思うのであろうか。茶髪も同様に、なにせ髪の毛なんだから、体の一部とはいっても痛みを感じるわけじゃなし、髪が傷んだといってもそこだけの話でしょ、と思うのではないか。
 それはとんでもない間違いである。弁証法を学ばないから、こういうことが平気でできる。
 
 人間の体は脳細胞が、全体として統括しているのである。これは〈生命の歴史〉を勉強してもらいたいが…。単細胞から進化してクラゲになるまでは、脳細胞はなく全体が一体として動いていた。それがなぜ魚類の誕生から脳細胞が現れたか。それは端的に言えば、代謝と運動(手足の)を分離させつつも、同時に統括しなければならなくなったからだ。

 これは例えば軍隊を例に挙げれば、全体としてワーワーと動きながら戦っている分には(クラゲまでは)、脳細胞に相当するものは不要だ。雪合戦を思ってもらえばいい。しかし、近代的な軍隊(魚類以降の動物)ともなれば、砲の陣地があり、左翼から陽動作戦をし、右翼から突撃し、飛行部隊が空から援護するみたいな作戦を取らねばならないのだから、それら別々の活動を統括する「脳細胞」に相当する司令部がなければ機能しない。

 われわれの脳細胞は、かかる軍隊における司令部に相当する。その例でわかっていただきたいが、もし軍隊の作戦中、ある小隊が敵が目の前で油断しているからといって勝手に突撃したり、あるいは逃げたりしたらどうなるか。軍隊全体にとんでもない影響が出る。
 爪にマニキュアを塗るとは、そういうことだ。作戦中の軍隊のなかで、一つの勝手な小隊が突然怖くなって敵前逃亡をするようなものだ。司令部(脳細胞)は、軍隊全体を統括しているのだから、一部の崩れは、それこそ「蟻の一穴」で、全体の統括が狂わされる。

 全体の統括が狂わされると、若いうちはなんとかまとめることができても、年をとるほどに、今度は体の中の最も弱い部分に障害が出てくる。だからマニキュアが原因で、回り回って腰痛だの不妊だのとして発現しないとも限らないのである。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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