2017年01月18日

稲田朋美は売国奴


 稲田朋美防衛大臣が、暮れも押し詰まった12月29日に靖国神社の参拝を行なった。例によって反日サヨク新聞が、「公人としての参拝か?」と尋ね、稲田は否定してみせるという茶番が続いている。
 こういう質問をくり返すバカさ加減に、サヨクは反省ができないほどにアタマが劣化している。
 公人か私人かなんて分けられないし、分ける意味はないのに、反日新聞は中韓におもね(カネをもらい)、かつ国内サヨクにこのくだらない情報を買ってもらうためにやらかしている。

 稲田は昨年8月15日に、突如アフリカのジブチへ視察に出かけ、全国戦没者慰霊祭にも靖国にも参拝しなかったことで、国会で野党からさえ嘲笑された。記者から参拝できなかったことへの後悔もあるのかと問われると、「それはありません」と答えていた。
 これまでも、8月15日にこだわっていたわけではない」と突っぱねている。

 これは欺瞞であろう。たしかに8月15日にこだわる必要はないと言えるが、それでも国家にとっては一大イベントであったし、国会で野党に嘲笑されたら涙を浮かべたとして、国民を失望させたのだ。それを失態だったという思いがあるから、年末ぎりぎりの日時で「今年中に」行ったことにしたかったのだと思われる。

 安倍晋三首相は稲田を自分の後継の首相候補に育てたい意向だと噂されているが、稲田にはその自覚がなさそうである。今年、防衛大臣になってからも失態ばかり続けた。服装やメガネまで娘の指示で身につけ、センスのなさに呆れられている。
 それにつけても、国会議員、大臣の貫禄がない。顔つきも引き締まっていない。暮れの靖国参拝の折も、ボケっとした顔で受け答え。
 好き嫌いは別として、小池都知事の貫禄のありようと比べて情けないかぎりである。安倍も人を見る目がない。後継の育て方も失敗している。

 実力もないのに、安倍にかわいがられているだけでトントン拍子の出世。これでは野党与党を問わず、女性の国会議員からの嫉妬はすさまじいものがあるだろう。何をやっても「調子に乗りやがって」と罵倒されて、足を引っ張られる状況を作ってしまっている。
 暮れに靖国に参拝したときも、記者団に囲まれてそつなく、揚げ足を取られない受け答えに終始した、
 
 失点を取り返して、もう一度保守層の支持を回復したいなら、もっと毅然とした対応であるべきを、逃げの姿勢では、ますます保守層の心証を悪くするばかりであった。
 防衛大臣なのだから、国家を背負ってたっている自負、誇りを体現した顔つき、語り口、立ち居振る舞いをしなければならない。そんなことも知らないバカ娘に頼って、チャラチャラしたファッション、しまりのない顔では、中韓は大喜びだろう。

 昨年6月、稲田朋美は自民党政調会長のとき「財政健全化を経済成長に頼るのは雨乞いのようなものだ」という発言をした。稲田に期待を寄せていた保守派は多かったようだが、彼女が経済オンチで、勉強していないことに落胆した声をずいぶん聞いた。
 経済に成長戦略を柱とするアベノミクスの考えとは真逆の、財務省のヒアリングに騙されて「日本ダメ論」「日本成長しない論」を展開し「増税派」に寝返ってしまった。

 それよりなにより、私が稲田朋美をダメだと思ったのは、「百人斬り」報道名誉毀損訴訟の原告側弁護人として一躍名を馳せながら、敗訴したことだった。意図的に敗訴になるよう仕掛けたとされる。

 「百人斬り訴訟」については周知のことと思うが、平成15年にご遺族が毎日新聞、朝日新聞、本多勝一らを相手どって、名誉毀損で、損害賠償と謝罪広告を出すよう求める訴訟を起こされたものである。しかし、東京地裁では原告敗訴、高裁、最高裁でもついに真実が認められることはなかった。わが道場でも有志が訴訟支援のカンパを募るなどして、微力ながら支援したが、非常に残念な結果である。

 本多勝一のルポに対し、山本七平氏が詳細に、かつ理路整然と「百人斬り」の欺瞞を反証した。日本刀(軍刀)では、100人はおろか1人斬れば歯がボロボロになってしまって斬れなくなる。軍刀というのは、飾りに近い指揮刀なのである。野田少尉は大隊副官であって、いわゆる白兵戦闘に参加する立場にはない。向井少尉も歩兵砲小隊長であって、白兵戦は行わない。そもそも当時、向井少尉は手足を負傷していた。両者とも兵科・所属が違うから、二人で相談して「何人斬れるか」などとゲームができるわけがない。

 山本七平氏の論証でもう決着はついている。
 近代陸上戦闘で、白兵戦を積極的に行って、戦果を競うなどということはない。いくつ敵の首をとったかなどは、戦国時代の発想である。バカ丸出し。

 稲田は百人斬り裁判でも決定的な証拠をジャーナリストの水間政憲氏から譲り受けて「わー、これすごい」とまで言っていたのに、それをあえて使用せず結局敗訴。
 原告側の名誉棄損された少尉の娘さんは死の床まで「なぜ、稲田さんはあの資料使わなかったのかしら。残念だ」とおっしゃっていたそうで、これは驚きである。

 水間政憲氏から《稲田朋美政調会長に公開質問状》が出されている。この主旨は、簡単である。
 百人斬り裁判では、毎日新聞社は最高裁まで「事実を取材し事実を報道した」と主張していた。事実でないことが立証されれば、原告の勝訴となるのは明白だった。
 「百人斬り競争」が事実であれば、最高の武勲として野田・向井両少尉には各2〜3個「金鵄勲章」が叙しされていたはずなのに、野田・向井両少尉に金鵄勲章が一つも授与されてない。
 勲章すら1個の授与されていないのは、そんな“戦功”の事実はなかった紛れもない証拠なのだ。

 このことを水間氏は地裁公判中に「内閣府賞勲局の回答」として稲田氏ら弁護人に渡した。これは決定的な証拠だった。
 毎日新聞が当時連載中に掲載した野田.向井、両少尉の写真を撮影した佐藤振寿元毎日新聞カメラマンまでがついに、あれは捏造記事だったと地裁で証言したにも関わらず、勝訴に持ち込めないというのは、稲田ら弁護人が無能か、意図的に負けるようしたのだ。

 稲田にとって百人斬り裁判は国会議員進出のための売名行為だったのだろう。勝訴すると南京大虐殺等の支那・韓国の反日運動に支障をきたすので、在日トップの宮内オリックス社長等からの圧力があったのではないかとも言われる。
 結局、稲田は水間氏へ回答はしていない。

 裁判の途中、「百人斬り訴訟を支援する会」が分裂する事態もあり、後味の悪いものになった。
 稲田は、雑誌「Will」に寄稿した文章で、野田・向井両少尉の処刑直後の痛ましい写真(周囲で支那人が拍手している)を、遺族の許可もなく掲載した。これは法律には触れなくても、ご遺族と日本人同胞への裏切り行為である。

 裁判では真実を明らかにすることは出来なかったが、今後も支那のデタラメを暴いていくだろうし、毎日新聞、朝日新聞の報道を許すことはなく、卑劣なありかたを忘れない。この事件は、小林よしのり氏も「戦争論」などで取り上げたおかげで、多くの若者の知るところとなった。真実は少しずつ日本人のなかに浸透しつつある。

 稲田は自民党のなかでは、チヤホヤされていくのだろうが、いずれ化けの皮は剥がれるだろう。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
財務省が意図的に経済を操作してるというのは財界の公然の秘密ですから、氏の様に身代わりを利用して事実をはぐらかす必要はあったのでしょう。こういった意のままに操れる人形が(総理)大臣なんかに都合が好くて、官僚にはとても好かれます。
不況を早く終わらせたければ、預金をすべて下ろしてドブに捨てる(無駄遣い)ことですね。
Posted by たていと at 2017年01月18日 06:12
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