2017年01月23日

『帰ってきたヒトラー』に見る世界の流れ


 昨年2016年は、リベラル主義の敗北の始まりの年ではなかっただろうか。今年はその動きが一気に進む予感がする。面白い年になりそうだ。
 イギリスの国民投票でEU離脱が決定したこと、トランプがアメリカの次期大統領に当選したこと、フィリピンに暴言王ドゥテルテ大統領が現れたこと、がその“兆候”の最も顕著な出来事だったろう。

 歴史上いつから始まったかは私には判然としないが、少なくとも大東亜戦争で日本がアジアの植民地を“解放”し、その流れがアジア、アフリカへと伝わって、ついにヨーロッパは名目的にはすべての植民地を失った。
 植民地支配、あるいは奴隷支配に代わって、ヨーロッパはグローバリズムを標榜しはじめ、リベラルの主導が始まったのだと思う。

 そのために、ナチズムや日本軍国主義が利用され、ナチのユダヤ迫害や日本の支那侵略、南京虐殺、「従軍慰安婦」が捏造され、それらの悪と戦って勝利したのが欧米の民主主義であり、リべラル思想だったという正当化=欺瞞が創られていった。
 それに同調していまだにしがみついているのが日本のサヨクである。

 政治的にはソ連など共産国と西側民主主義国の対立、経済では金融のグローバリズム化が求められていった。
 この流れが、ついに破綻したというか、終わりが昨年に顕著になってきたのだと思う。

 『帰ってきたヒトラー』(原題は「彼が帰ってきた」)2012年にティムール・ヴェルメシュが発表した風刺小説である。現代のドイツに蘇ったヒトラーが巻き起こす騒動を描く。ドイツではベストセラーになった。2015年に映画化され、日本での公開は昨年だった。ヒトラー役の俳優が名演技を見せる。面白い映画だった。
 
 物語は1945年に死んだはずのヒトラーが生き返り、ベルリンの街に現れる。大衆はむろん本物と思うはずがなく、「すごいモノマネ芸人」と勘違いされてテレビに出演するようになって大ブレイク。ヒトラーはとんでもない演説を繰り出して視聴者のドギモを抜くが、自信に満ちた演説によって人々は、ヒトラーを模した完成度の高い芸と認識され人気を博してゆく。

 天才扇動者であるヒトラーは、現代のネット社会は願ってもない環境であることをいち早く摑み、利用していく。トランプがアメリカ人の本音を引き出したのとそっくりだ。
 帰って来たヒトラーは現代がナチが登場してきた時代とそっくりな社会状況にあると見てとる。

 たとえば、トルコ、中東、アフリカからの難民がドイツ人の生活も文化もおびやかしつつある、と。そうした大衆の不満を演説ひとつでたくみに集めて新しいナチを作ろうとしていく。
 ヒトラーは民主主義的手続きで総統になった。それはヨーロッパ人の本音を摑んだからだった。
 この映画は風刺と笑いが主だから、笑っていれば済む話ではあるが、今登場したところに、やはり時代の変化を感じさせるものがあった。

 ユダヤが主導して欧米を中心とした「国際連合」のイカサマと、ある「理想」という妄想に対し、冷厳な現実が現れたということだ。その背景があって、この映画『帰ってきたヒトラー』が受けたのだと思われる。
 端的にはリベラル主義の敗北である。人権、自由、平和、友好の否定だ。偽善の敗北だ。

 ユダヤが仕組み、欧米国家を中心に日本も支那もロシアも一緒に演じてきた欺瞞に満ちたリベラル主義が終わろうとしている。
 私たち日本人も、戦後はそういう価値こそが繁栄のもとだし、理想なのだと吹き込まれてきた。まだそれが続くと思い込んでいた人たちが、例えば先のアメリカ大統領選挙では最後にはヒラリー・クリントンが勝利するはずと思い込み、その予想が外れて泡をくった。

 一番は、戦後の国際秩序のなかでぬくぬくとして儲けてきたマスゴミであった。あるいはどうでもいけれど、韓国も支那も、これまでやってきた路線が否定されてきて、慌てているのだろう。
 人権、平和、友好の旗の下に、日本叩きをやっていれば、欧米の掲げる欺瞞の中である地位を確保して来られたけれど、それが砂上の楼閣となりつつある。しょせんはメッキだった。どこにすがればいいの、だろうね。

 リベラリズム崩壊が最も大きな姿を見せたのは、EUによる難民移民の失敗であろうか。ユダヤ金融資本も欧米諸国も、人権、自由、平和、友好を唱える裏で、例えば中東でさんざんワルをやらかして、混乱をつくり出してきた。現実には、無辜の民が戦争に巻き込まれて逃げ惑う事態になってきた。中東から逃れて難民になって、ヨーロッパに向かうのは当然だった。

 そこへまた人権、自由、平和の旗の下にとばかり、ドイツのメルケルが不用意にも(?)難民さんいらっしゃい、いらっしゃいとやったものだから、その現実が欺瞞の膿を吹き出させることとなったのである。
 戦後の、「リベラリズムは正しい。リベラルが理想」の欺瞞の正義を演出するために利用された、ドイツと日本が経済的に勃興したばかりか、ナチを生んだドイツが今度は欺瞞のリベラリズムを崩壊させてゆくのだから、愉快なものだ。

 日本も戦後さんざんいたぶられてきたが、昨年の伊勢志摩サミットでは、先進国のどこの展望を語れないなかで、なんとか日本の安倍首相がなんとリーダー的存在となっていたのはまぎれもない事実である。
 リべラル側は、昨年はヒラリーを候補に立てて正面突破を仕掛け、まだ偽善が続けられると思うより手はなかった。世界中のマスゴミをカネで言うなりに出来ているから、それでイケル!とまだ信じていたかったのだ。

 マスゴミは、インターネットの普及によって、徐々にその独占的力を失っている。これからも失っていくだろう。だが、マスゴミ自身は、まだネットと共存できると能天気でいる。「茹でガエル」状態とはこのことだ。

 これは日下公人氏が提案しておられたことだが、国連がいまだに連合国の利権を保ち、日本とドイツへの敵国条項を削除しないのだから、いっそ、日本が主導して新しい本物の「国連」を立ちあげればいいのだと。

 そうすれば世界中の、支那と南北朝鮮を除くほとんどの国々が加盟してくるだろう。このアイデアを日下氏が安倍首相に話したら、安倍氏は「アメリカも参加する」と答えたそうだ。
 実際、こうする以外にテロは防げまい。イスラム過激派のテロは、原理主義がどうたらというよりも、西欧がやらかしてきたリベラルのメッキの裏にある偽善への怒りなのだ。その気持ちは、日本人ならわかる。

 テロがいいとは言わないが、イスラムのテロよりも欧米(キリスト教徒)がやらかしてきた殺戮、強奪、破壊は何億倍もひどいではないか。その世界はトランプが登場したり、EUが潰れたりした程度では変わらない。どうしても日本が主導していかなければ世界は新しいステージには入っていけない。
 だが、日本にはそれを担っていける若い力が出てくる気配はない。

 残念でしかたがない。
 ただ、唯一の希望の光は、玄和会だけなのである。




posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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