2017年02月25日

島原の子守歌の魂(4/4)


《4》
 さて話を日本に戻せば、戦国の世を統一した秀吉や家康は、キリスト教が日本を侵略しようとしている事を見抜いたから、キリシタン禁制を打ち出し、やがて鎖国に至るのだが、キリシタンが広まってしまった島原や天草地方には手を焼いた。島原の乱は実際は、キリシタン一揆ではなかったそうで、徳川政権がこの地方からキリシタンを一掃しようとして、この地方全体に非常に苛烈な支配体制をとったことが原因である。

 島原の乱では原城にこもった民百姓3万7050人を全滅させている。乱のあとに幕府は、多くの寺や開拓者を各藩から集め、島原・天草地方に新しい村づくりをなさしめた。だからややオーバーに言えば、この地方は大昔からの人は絶え、新参者が居着いたことになった。この地方に立派な寺が多いのは、幕府が援助したからで、そうまでしてキリシタンを絶滅させ、二度と決起などさせないための施策だった。

 それにこの地方は火山灰地なので土地がやせていた。寛永4年には雲仙岳の噴火で1万人ほどの死者を出している。踏んだり蹴ったりだった。
 さらに明治維新となって、ついに本格的な白人どもの魔の手が伸びた。日本は彼らによって開国させられ、世界資本主義体制=ユダヤ金権力の枠にはめ込まれた。日清・日露の戦役に、あるいは世界大戦にと、ユダヤの陰謀によって狩り出され、日本の男たちは戦場で殺されていった。だから働き手の男がいなくなった農村はいっそう貧しくされた。

 もう一つ貧困化の原因は、明治以降の鉄道の普及である。おおかまに言えば、江戸時代までは、日本の経済活動は“面”であって、交通手段がろくに発達していなかったから、陸上交通は狭い道が編み目のように発達していて、そこを行商が歩いたのであった。

 だからある意味、人民の富みは均されていたのである。ところが明治になって鉄道が敷かれ、経済活動は点と線に変わった。集中させたほうが効率があがり儲かるからである。鉄道の拠点とその周辺は経済活動が活発化するが、そこから大きく外れた地域は取り残されることになった。

 地図を見ればよくわかるが、例えば島原半島や天草は、北九州から長崎への幹線から大きく外れてしまった。つまり農産物ひとつとっても、大都市へ出荷するに不利な状態にさせられた。これがまた貧困を増長させる原因、つまり出稼ぎに出たり、移民となったり、満州開拓に出るしかない状況が生じたのである。鉄道や道路の発展にはこんな負の面もあったのだ。

 明治以降、日本は商社などの海外進出で、アメリカ、満州、シベリア、支那、東南アジアなどに出ていった。例えばゴム農園で、あるいは真珠取りに、男たちが狩り出された。その男たちに提供されたのが娼婦である。資本家たちは、ヤクザをつかって娼館を経営させ、奴隷のようにこき使った男たちをさらに歓楽街へと誘導して散財させたのだ。

 だから女が必要とされた。まず最初は現地植民地で商売したり、原住民を監督(虐待)する仕事に来る男性の性処理のために女が集められたりした。日本軍が出向いた先でも女が必要だ、とされて将校、兵士らの相手として女がかき集められた。

 軍隊に娼婦はつきもので、何も日本だけの事情ではない。雑談的に言えば、源平の戦いの当時の白拍子は、兵についていった娼婦である。近くは大東亜戦争が終わった直後に東久邇宮首相は進駐軍のために、慰安婦7万人を用意させたという。戦国時代の武将は男色を好んだが、これも女の代替である。西洋でも軍隊には映画「外人部隊」に見るように、女がついて歩いたし、さらに昔はブタやヒツジなどの動物を連れて行軍したのである。

 閑話休題。
 満州や支那で、日本軍が占領した街にはまっ先に、ピー屋(売春宿)と赤提灯ができ(戦時中は朝鮮人経営者が多かった)、ついで三井や三菱の商社が進出してきたのであった。からゆきからやがて慰安婦へと変化した。三井などの大資本と天皇家や政治家はグルになって、戦争を仕掛け、麻薬や売春をセットにして発展したのだ。

 セットにしたのはそれだけではなかった。貧しい人びとをだまして信仰させたキリスト教や仏教が、それである。ユダヤ金権勢力にせよ、日本の権力者にせよ、民衆を困窮に落としこんでおいて、一方で宗教をあてがって、権力に歯向かうことなく、神仏という空想世界に安心立命を求めるよう、その心までも支配した。それゆえ私は広田言証のやった慈善行為を善とはし得ない。マルクスが言った「宗教とは麻薬である」は、正しいのだ。

 「からゆきの小部屋」サイトの解説に蛇足を加えるつもりが長くなった。見てきたように、とりわけ島原・天草はからゆきが多かったのだが、その原因たる貧困は、「創られた」ものだったのである。貧しいから人びとは海外に出稼ぎに出、移民となって出ていったのではあるが、そのからゆきも含めた出稼ぎや移民でも儲けようとした闇の勢力があったから、そうなったのである。

 日本の大衆を貧困にしておけば、彼らは自ずと食うために海外に出ていかざるを得ないし、宗教にすがらざるを得ない。そこに商売のタネを見つけ、ぼろ儲けを企んだのが大企業であり、その大株主であった天皇家であった。むろん、これはユダヤが世界に先駆けて実践し広めた、悪辣な手法であって、日本はそれをも猿マネしたのである。
 かくて、『島原の子守歌』の6番にあるように、「伴天連(バテレン)祭の 笛や太鼓も鳴りやんだ」のである。





posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☁| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
宗教は、それでも、その人々の心をなぐさめたのでしょう。つまり、だましたのでしょう。大変罪深いことですね。
それを思うと、寺と神社の滅亡も無理からぬことかもしれません。
今後、起こることは、寺社の滅亡ですよ。
新聞を取らない世帯が、葬式に坊主を呼ぶと思いますか?
ウエディングドレスの花嫁が、神主のお払いを受けますか?

これは、国家の形さえ変わると、私は危惧していますが・・・まあ、そこまでのことがあったのなら・・・滅亡も仕方が無いですね。

大本山は、そこからも上納金を取っているでしょうからね。知らぬ存ぜぬでは済まされません。
Posted by 神戸だいすき at 2017年02月25日 14:30
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