2017年04月23日

小説『あのころはそれがプルメリアだった』(第3回)


〈鳴き声〉

 プルメリアの中心の町ハシカルに、島でいちばん年寄りのチャモロ族のおじいさんがいた。「たぶんいちばん年寄りだろう」と島の人たちは言う。なぜ「たぶん」かというと、おじいさんは自分がいつ生まれて、いま何歳なのかを知らないからだ。
「おじいさんは、今年、いくつ?」と聞くと、
「知りません。わたしは五十から上の数を習わなかったからね」
 そんな答えが返ってくる。とぼけたおじいさんである。

 そのおじいさんが、いちばん年寄りだというたしかな証拠は、ある。
 おじいさんがプルメリアがスペインに支配されていたころのことをよく知っているからだ。
 プルメリアは、スペイン、ドイツ、日本と支配者が替わってきた。
 スペインがやってきたのが四百年前。それから三五〇年ほど支配がつづいた。かわりにやって来たドイツ人は五五年前からおそよ二〇年間プルメリアを支配した。第一次世界大戦後、ドイツに替わって今度は日本がプルメリアを支配するようになってから三〇年になる。

 だからおじいさんはきっと七〇歳くらいにはなっているはずである。 
 それだから、おじいさんはチャモロ語のほかに、スペイン語も、ドイツ語も、そして日本語も話すことができる。
 おじいさんは昔のことをよく知っているので、チャモロ族の子供にも、日本人の子供にも、よく昔話をしてくれる。
 ハシカルの町の中ほどにあるプルメリア映画館の前のベンチではよくおじいさんの姿をみかけた。おじいさんの得意の話は、スペインのころはこうだった、ドイツのころはああだった、そして今は……というようなことである。

 たとえば。
 「日本人はなにしろまじめだ。いちばん仕事をする。おかげでプルメリアはそこらじゅうがサトウキビ畑になった。工場も大きくなった。ちいさいが鉄道もできた。仕事、仕事、といって、われわれがのんびりしているのを許さない。ちょっとでも休むと、「なまけるな!」といってビンタをはる。昔は、こんなに働かなかったよ。スペイン人とドイツ人は教会へ行けの、神様をおがめのとうるさかったが、日本人といえばビンタだな」
 そういっておじいさんは、黒い顔をくしゃくしゃにしてよく笑う。

 また、おじいさんは子供が好きなので、スペインやドイツや日本の昔話をよく知っている。日本のものなら「もも太郎」とか「かちかち山」とか「花さかじじい」である。
「それにしてもな……」
 あるとき、「花さかじじい」の話を子供たちにせがまれてしてやったあとで、おじいさんはこう言った。
「ここ掘れワンワンだからな、日本人は。犬の鳴き声はワンワンだ。だがスペイン人はちがうぞ。犬はグァウと鳴くのだそうだ。ドイツ人は犬はブラフと鳴くのだと言う。

 ついでに言うと、ニワトリの鳴き声は、スペインのころはキキリキーで、ドイルのころはキーケリキー、日本になるとコケコッコーだよ。プルメリアでは……そのたびに鳴き声が変えられたのだよ。
 おじいさんはフーッとため息をついた。
「犬もネコもニワトリも、わしらは昔から同じように鳴いていると思う。犬はスペイン語で鳴いたり、日本語でほえたりはできない。なのにスペイン人は犬はグァウでなければならぬと言う。日本人は犬の鳴き声はワンワンだから、そういえとプルメリア人に教える」

 そのあとでおじいさんはチャモロ語で何かつぶやいた。でもチャモロ語を知らない日本人の子供にとっては、何を言われたのかわからなかった。
 おじいさんは、じつはこういったのだ。
「もしも、この戦争に日本が負けて、アメリカがプルメリアにやってくると、こんどは犬やニワトリは何と鳴くのだろう」


〈ヤシガニとり〉

 プルメリアでヤシガニ取りの名人と言えば、ジャンである。彼は山に入ってヤシガニをとらえ、町の魚屋に売って暮らしをたてていた。
 ヤシガニの大きさは子供の野球のグローブほどで、海にはいなくてジャングルの木の根かたや岩の間などにひそんでいる。見つけるのはむずかしい。穴にいるとわかっても、手をつっこめば強いハサミではさまれてしまう。

 そういうヤシガニをどうやってつかまえるかと言うと、砂をまくのである。
 ヤシガニは陸にすんでいるが、水にはうえている。だから雨がふるといそいそと巣穴から出てきて草の葉からつたってくる雨水を触覚で受けて、ごくごくと飲む習性がある。この習性を利用して、つかまえるのだ。
 ジャンは、海岸から砂をふくろにつめて山に入る。ヤシガニのいそうな所に来ると、おもむろに砂をパッと撒くのである。力士が土俵で塩をまくようなぐあいに。

 その砂のパラパラの音をいかに雨らしくまくかが、名人のひみつの技なのだ。
 そうすると、砂は木の葉や地面にあたってパラパラとまるで雨つぶのような音をたてる。穴でうとうと昼寝をしていたヤシガニは、「おっ、雨だ。水が飲めるぞ」とばかりに穴からはい出てくる。そこをジャンは待ちかまえていて、むんずと捕まえるのだ。

 さて、戦争がはじまったために、プルメリアでは兵隊でなければやたら山に入ってはいけないことになった。
 山じゅうが日本軍の要塞や司令所などになったからである。それでもジャンはかまわずに山の中にこっそり入っては、ヤシガニを取ってきていた。
 おかげで町のすし屋や食品店には、ちゃんとヤシガニがそろっていた。本当なら出回るはずのないヤシガニがあるのだから、これを警察が目をつけないわけがない。

 しかし警察がいくら山の中でジャンを捕まえようとしても、ジャンはうまいこと逃げおおせる。警察がいくら地団駄踏んで悔しがっても、プルメリアで一番山にくわしいジャンにはかなわない。
 それでもいよいよ戦争のようすがきびしくなって、アメリカ軍の攻撃が近づくにつれて、山の警備もげんじゅうになった。いたるところに日本兵がいて、あやしい人間をみると、かまわず発砲してくる。こうなると、いかなジャンでもうかうかしていられない。
 ジャンはいつもヤシガニをおろしている市場に行って、市場の親方に会った。

「どうしたジャン、うかぬ顔して?」
 親方は60歳くらいの日本人で、頭はきれいにはげていて、ポッコリお腹のためダボシャツの前をいつもはだけている男だった。
「いやあ、ああ、うん、だけどねえ……」
 ジャンは口ごもり、はっきりしない。
「今朝はどうした? ヤシガニを一匹も持ってこないな」
 親方はニヤニヤしながら言った。
「そうなんだ。おちおちヤシガニをとっていられないぜ。命がけだ。夕べなんか、山の中で兵隊に撃たれて、弾が耳元をかすめたよ」

「うむ」と親方はキセルに火をつけて一服吸った。「さすがのジャンも軍隊相手ではかなうまい」
「わらいごとじゃない。地雷もそこらじゅうに埋めてあるそうだし、うかつに山には行けなくなった」
「まあ、地雷はプルメリアでは埋める前に太平洋の海底にしずめてきたほうが多いようだがな。お前がヤシガニをとってくてくれないと、わしの商売もこまるからな。いつ敵の飛行機がくるかわからないから、もう船を沖に出して魚をとることもできない。今じゃ岸から釣るばかりだ。魚市場もさばく魚が少なくてどうしようもない。山からとってくるヤシガニは頼りにしているんだ」
「戦争が終わるまで、とても山の中には行けやしない」

「あほ、そんな悠長なことを言っておれるか」
「鉄砲でうたれるのはゴメンだぜ」
「当たり前だ。おれに任せておけ。山に入れるようにしてやる」
「どうするんだ?」
「日本ではな、昔からおかみを手なずける方法があるんだよ」
「……」

 親方はジャンを連れて、島の守備隊司令部にかけあいにいった。そしてみごとにジャンが山に入ってヤシガニ漁をして良い許しをとりつけたのである。
 もちろん親方はふだんから司令部の軍人にお酒を持っていったり、とれたての魚や貝をさしあげたりして、とりいっていた。それに、とれたヤシガニのうち三匹は司令部におさめることで話がまとまったのだ。
 こうしてジャンは砂ぶくろを持ってゆうゆうと山に入り、高射砲の鼻先であっても構わずヤシガニを捕まえることができた。山に入って気付いたのは、けっきょく地雷なんてどこにも埋まっていないことであった。あれは実は日本軍がわざと流したデマだったのだ、とジャンは知ったのである。

 日本軍はもうこのころには鉄製の地雷はほとんどなくて、陶器でつくった地雷が主だった。これは鉄製の地雷の半分ほどの威力しかなかった。
 アメリカ軍の戦闘機がプルメリアに姿をあらわすようになった。連日、偵察をおこない、日本軍陣地へ銃撃をくわえた。ジャンは山にはいるとき、米軍機におそわれると、近くに日本軍陣地があればなるべくそこにとびこんで身をかくすようにした。それが一番安全だとジャンは思ったからだ。

 しかし、ある日とびこんだ速射砲陣地では、そこの中隊長は司令部の上官をよく思っていない人だった。司令部は自分たちに比べて、だらしない毎日をおくっていると腹をたてていた。だから、ジャンがヤシガニの入ったふくろをかかえて陣地のすみに小さくなっているのを見て、中隊長は思わずカッとなった。米軍機が上空をとびまわっているのに、中隊長は日本刀をふりあげて叫んだ。

「出てゆけ! きさまがいると敵にこの陣地がわかってしまう」
 中隊長にけとばされてジャンは外へころがり出た。不運なことにそのときジャンは米軍機に発見されて、急降下してきた戦闘機に機銃掃射をあびた。
 それがプルメリア人が戦争で死んだ最初のことだった。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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