2017年04月25日

小説『あのころはそれがプルメリアだった』(第5回)


〈イヌにたのむ〉
 
 島の中央にあるプルメリア神社には、戦争がはじまってからというもの、たくさんの人が毎朝早くからお参りするようになっていた。 
 プルメリア原住民のチャモロ族とカナカ族は、スペインやドイツの時代がながかったのでキリスト教信者になっていた。キリスト教を信じないと殺すぞとおどされてしかたなくそうなったのだが、今ではそんな昔のことは忘れられ、原住民はまじめにキリスト教を信仰するようになっていた。
 日本人は葬式は仏教でやるが、ふだんは神棚をかざったり神社に出向いたりする。日本人はプルメリア人に神様をおがめとおどしはしなかったが、原住民が神社にいくのはよろこんだ。
 それで、日本人につきあって神社でおがむ人もいた。
 それはさておいて、この神社の神主はちょっとした奇人であった。行事のときは神主らしい服を着るが、ふだんはサルマタひとつの素裸ですごしていた。うしろから見ると、日に焼けて真っ黒で、チャモロ族ともカナカ族とも区別がつかない。
 立派な八字ひげをたくわえていて、街中でもそのかっこうでいばって歩く。それが神主の「主義」とかで、警察でもこの人のことはあきらめて、裸でも注意しなかった。
 その神主が、素裸で警察にやってきた。ちょうど警察の裏手では、イヌやネコがもちこまれ、急造のオリにぎっしりつめこまれて、おおさわぎをしていた。
 神主はずかずかと警察署長の部屋にはいっていき、大声で、
「署長、処分するイヌを一匹ゆずってくれ!」
 と、どなった。この人は裸で暮らすことと、大声で話すこと、やたらに笑うことが健康に良いと信じていた。署長もひげを指でひねりながら顔をあげ、ニヤニヤ笑って、
「どうするんだ、食うのかね?」
「ちがう、埋めるのだ」
「埋める? それは感心だ、供養してくれるのか」
「ちがう」
 神主はまた警察じゅうに聞こえるような大声でさけんだ。署長はなれているからいいけれど、はたからみると、まるでケンカ腰。
「生きたまま埋めるのだ、首だけだして」
「なに! 何をかわいそうな。この非常時だからやむをえず、飼い主から取り上げているんだ。生き埋めなんぞ、バカなことを」
「そうではない。国運にかかわることだ。おぬしには分からんでいい。一匹だけゆずってくれればいい」
「イヌを埋めることが、どうして国運にかかわるのか、理由を聞こう」
 署長もあまりどなられるのと、お前にはわからんと言われてムッとした。けれど、それから三〇分ばかりの神主の大演説というか、わめき散らす話にうんざりして、とうとうイヌを一匹くれてやることにしたのであった。
 神主はきげんを直して、カラカラと笑うと、巡査に一匹のイヌをひっぱらせながら、ゆうゆうと引き上げていった。
 神主は境内に穴を掘り、イヌを首だけだして埋めてしまった。イヌにおはらいをし、のりとをあげ、ちゃわんに酒を少しつぎ、塩をまいては何度もイヌに頭をさげた。
 巡査が見ている前で、えんえん三〇分もそうやって祈りをした。
 それがおわって、ふたたび素裸になった神主に、巡査はたずねた。
「なんのために、こんなことをするのですか?」
 すると神主は三白眼になり、押し殺したような声で説明をはじめた。生き埋めになったイヌに、念力でアメリカ軍を追い払ってくれるようにたのんだのだ。追い払ってくれれば穴から出してたすけてやる。だからぜひとも願いをきいてくれ。そうイヌの魂にうったえたのだ、という。
「へえー、本当にそんな力がイヌにあるんですか」
 巡査が感心して、あいづちをうった。だが、神主はそれが不満でまたどなった。
「力があるのですか、とはなんだ。うたがうのか、たわけめ。お前のような信念のないものがいるから…、信念のないものがいるからわが日本軍が……」
 しばらく真っ赤になって絶句したあと、
「きさまは国賊だ!」
 叫んで、両手をわなわなふるわせた。
 巡査はおそれをなして、チャッと敬礼して、回れ右をすると、あたふたとかけていった。
 その日の夕方には、イヌは暑さと、ひどいめにあったためにぐったりと伸びてしまい、ハエだのアリだのにたかられたまま、夜になって死んでしまった。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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