2017年04月29日

小説『あのころはそれがプルメリアだった』(第9回)


〈ともに太平洋の防波堤たらん〉

 爆撃で家をなくした人々のなかには、米軍の上陸近しとみて、家族ぐるみ山の洞くつへ移る人もいた。上陸はまだ先のことと予測した人たちは、まだ町にいた。たとえば、プルメリア映画館には、空襲で家を失ったハシカルの町の日本人が着のみ着のまま集まって、雨露をしのいでいた。
 映画館の二百ほどの椅子はとりはらわれ、大人も子どももゴザなどをしいて、寝たり起きたりしていた。大人はほとんど、昼間は軍に動員されていたが、男は夜おそくまで働かされていた。夜は灯火管制で明かりがつけられない。お腹がすいても、食べるものがすくないので、誰もあまり動かない。赤ん坊がむずかって泣くと、母親はもそもそと起きて、外に連れていく。活発に動いているのは蝿ばかりである。

 女学校の生徒は、ひとかたまりになって起きるともっぱらおしゃべりをする。誰それはどこに避難したとか、どんな服を持っていったとか、逃げるならどこが安全かとか、兵隊は何をしているとか……。
 なかには、在郷軍人のような強気の人がいて、頭に日の丸のはちまきをして、なんのかんのと人を叱って歩く者がいた。どうしてそんな元気があるのか、陰で何を食べているのだろうと悪口を言われるくらいであった。
 その強気の人が映画館にきて、大声をあげた。
「みんな、手をとめてこちらを注目! すわったままでよろしい」
 赤ん坊がギャーと泣きだした。おっぱいをふくませていた母親があわてて乳房をしまったからだ。母親は在郷軍人ににらまれて、はじかれたように外に出ていった。

 在郷軍人は、プルメリアの青年が日本軍に志願して銃をとったと、伝えにきたのだ。
「われわれ日本人も負けてはいられないぞ。ともに太平洋の防波堤たらん」とかなんとか、どなって去った。
 在郷軍人が行ってしまうと、口の悪い少女たちはひざをくずして、またひそひそと話をはじめる。
「わたし、あのおじさん大きらいよ。あの人、軍人や兵隊がたくさんプルメリア島に上陸したんで、石鹸や歯ブラシなどの日用品をずいぶん売ってもうけたのよ」
「横柄よね。何しろ兵隊は海に日用品を沈められちゃったからね。それにつけこんで」
「あの人、軍に協力しろと言うわけね」
「プルメリア人が兵隊に志願したって?」
「在郷軍人が無理やり入れたのよ」
「すすんで入隊したと言ってたじゃない」

「何かでつったのよ。おおかた軍隊なら飯が腹いっぱい食える、とでも言って」
「でも、カナカ族とチャモロ族は、いっしょの部隊でやっていけるのかしら」
「うまく考えるわよ。カナカは最前線、チャモロは第二線とか」
「そんなことないわよ。みんな一緒よ。タコツボ掘らされて戦車がきたら地雷をだいてとびこむ。それしかないじゃないの。銃なんてとろうにも、日本軍にいくらもないじゃない。隣の荒物屋は、軍にシャベルなんかを売ってもうけたわ。うまくやってるわ」
 少女たちはゆるゆると手を動かしている。シラミだらけの頭をかいたり、蝿や油虫を追ったり、あかだらけの背中や脇腹をぼりぼり、ぼりぼり……。

「空襲がはじまってから、日本人はよくプルメリア人をなぐるって、チャモロの男の子がいっていたわよ」
「しょうがないじゃない。あの人たちとろいんだもの。日本人じゃないから、しょうがないけど」
「そうじゃなくてよ。アメリカに仕返しできないものだから、プルメリア人の人にヤツあたりしているような気がするの。さっき来た在郷軍人なんかしょっちゅうやってるわ」
「そんなこと言ったって。いっしょに戦わないといけない、という気持ちが薄いのよ」

「でもプルメリア人をいじめることで、日本人の誇りや心のささえを保とうとしているみたい」
「あんた、ばかにプルメリア人の肩をもつじゃないの。好きな人、いるんでしょ」
「そんなことはないけど・・・」
 窓の外には、陽はさしているのだが、スコール(雨)がふってきた。


posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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