2017年05月01日

小説『あのころはそれがプルメリアだった』(第11回)


〈ウサギのようにおびえて〉

 おじいさんと孫の少年二人が、サトウキビ畑の脇の林に、ひそんでいた。おじいさんたちも米軍の上陸を知って、山へ逃げこもうとしたのだが、おじいさんがあるところから跳びおりたひょうしに足の骨をおって、動けなくなったのである。

 国民学校(今の小学校)3年生の長男に肩をかしてもらって、歩こうとしたものの、サトウキビ畑に逃げこむのが精いっぱいだった。もうひとりの子はまだ3歳だった。この子は泥だらけの素っ裸のままだった。
 子どもたちの父親は、とっくに兵隊にとられて、今はどこの戦場にいるのやら戦死しているのやら行方しれず。母親は看護婦だったのでプルメリア病院につめっきり。米軍上陸のさわぎの中で、連絡もとれないままはぐれてしまった。

 アメリカ艦隊からの艦砲射撃は、途切れたり続いたりしながら、夜も昼もプルメリア島のあちこちにうちこまれていた。しかし、そのサトウキビ畑のあたりは無事で、じいさんと子どもはじっとしていることができた。腹がへると、じいさんが風呂敷につつんで持ってきた乾パンと缶詰の煮魚を食べてしのいでいた。水は少年が肩からさげた一升ビンから、ちびちび飲んで。

 そこは、アメリカ軍の上陸地点とずれたこともあって、その後も三日間は同じ場所にいることができた。
 アメリカ軍が上陸をはじめて二日間は、それを撃退しようとして、日本軍が海ぎわで活発に反撃を繰り返していた。けれど、二日目の夜に、日本軍がおおがかりな夜襲をかけたあとは、そう大きな戦闘はなくなったようであった。米艦隊の到着からこれまでにアメリカ軍が使った爆弾や銃弾は、全日本軍が使う一年分にあたるほどの量だった。

 夜は夜で、照明弾がひっきりなしに打ちあげられ、日本兵の夜襲を警戒していた。そのため、じいさんと子どものいるあたりも、けっこう明るくなった。夜活動するフクロウのような鳥が、かれらのすぐ近くまできて、ネズミを捕まえていくのが見えた。
 森にかくれて五日目には、食べ物も水もなくなり、手近なサトウキビを折ってはかぶりつくだけになった。

「おじいちゃん、いつまでここにいるの」
三歳の子がしきりにたずねる。
 「よう、お母さんのところへ行こうよ。腹へったよう」
 三年生の男の子が言って、ごてている。
 じいさんはそのたびに、のどぼとけを大きく動かし、つばをのみこんでから、
「じっとしていろ。はなれるんじゃない」
「誰か、そのうちに助けにきてくれる」
「日本軍はかならず勝つ。それまでのしんぼうだ」

 そんな話をくり返すばかりだった。自分が信じようとし、子どもたちにも信じさせようとしていた。どこに逃げればいいのか、わからなかったから。
 わずかの木もれ陽でも焼けつくようなのと、ぬるい風、それにどこにいてもきっとやってくる蝿だけは、戦争とは別世界のことのようだった。
 昼間は、上空を米軍機がなん機も偵察のためにとびまわっている。なにしろ日本軍の高射砲は、わずか二日目には全滅していた。

 ひそんでいる近くで戦闘が行われなくても、上空から見つけられるおそれがあるので、日本人の誰も物陰から出られなかった。日本軍の中での連絡もおぼつかないのに、まして島の人たちはてんでに逃げまわるか、息をひそめているしかなかったのである。
 ひもじさに負けて、昼間、少年がサトウキビ畑におりたとき、米軍機が急降下してきた。少年はいそいで戻ったのだが、それからものの十分ぐらいしてアメリカ兵がやってきた。飛行機から地上の部隊に無線で連絡したわけである。

「デテコイ! デテコイ!」
 畑の向こうからアメリカ兵が、あやしげな日本語でどなった。じいさんは子どもをしっかりだきよせて、さらにうずくまった。アメリカ兵は畑をつっきてやってきた。じいさんの目の前で銃をかまえて、なにやら英語で叫ぶ。あっさり見つかったのである。
 アメリカ兵は、じいさんが骨折していて歩けないとわかると、肩をかして畑の外にとまっていたジープに乗せた。
 ジープの上でちいさくなっている三人を見て、アメリカ兵は陽気に笑って言った。
「おまえたちは、まるでワナにかかったウサギのようにおびえている」


                                                                                                                                                
posted by 心に青雲 at 03:00| 東京 ☀| Comment(0) | エッセイ | 更新情報をチェックする
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