2017年05月03日

小説『あのころはそれがプルメリアだった』(第13回)


〈タバコの煙〉

 島の南半分は、ほぼアメリカ軍に制圧されていた。
 島の北部の山中に、まだ捕虜になっていない日本兵と島の人たちがチリヂリになって、逃げ込んでいた。洞くつは山のいたるところにあって、戦火から逃げまどう人たちの隠れ場所となっていた。しかし、洞くつに入れる数にはかぎりがあって、島のカナカ族やチャモロ族の人たち、それに農民の多くは谷間のジャングルに、体をよせあって、じっとしているほかはなかった。

 負傷兵は、そうした谷間の何か所かにまとめられ、そして放っておかれた。負傷兵の間を民間の女学生などが、やむにやまれず動きまわって、わずかな水を飲ませたり、兵の傷口にわいたウジを手でとったり、励ましてやったりしていた。負傷兵は、包帯を一度巻いてもらったきり、何日もそのままで、傷口がどんどんくさっていった。

「各部隊で、歩ける者は、北端の岬に集結せよ」
 そういう指示が、正式の命令とも、単なるうわさともつかない形でつたわってきた。
 その日の夕方、日本本土では、ラジオで大本営からつぎのような発表が放送された。

「大本営発表。昭和19年7月18日17時。
1、プルメリア島のわが部隊は、7月7日早暁より、全力をあげて最後の攻撃を敢行。所在の敵をじゅうりんし、16日まで全員壮烈な戦死をとげたものと認む。同方面の最高指揮官、海軍中将○○、また同島において戦死せり。
2、プルメリア島の在留邦人は、終始、軍に協力し、およそ戦いうる者は、敢然戦闘に参加し、おおむね将兵と運命をともにせるもののごとし。 ……おわり」

 プルメリア島の日本人は、将兵も民間人もみんな死んだ。「……おわり」と放送されていたのを、まだ生きながらえている島の人たちは知るよしもなかった。
 助けに来てくれることは、もうありえないのに、それでも人々はそれを期待して、その希望にだけすがって思いをめぐらしていた。明日、それが来る。明日だめなら、その次の日に……、と。

 だから、島の人々は、日本軍部隊がもう負け戦でボロボロになっているとはわかっていても、なお北の岬の、軍の集結するところへ行けば、そこに助けてくれる日本の援軍がくるにちがいないと思ったのである。というのも、アメリカ軍上陸いらい、数度にわたって日本軍機がアメリカの艦船を空襲しにきたからである。そのつど日の丸の翼を見ては、島の人々は狂喜したのだが、たいした戦果はあがらなかった。

――――大きさにして四畳半くらいの洞くつがあった。そこに数人の日本人が隠れていた。その洞くつは、アメリカ軍の上陸以来、何度も住人がかわった。日本兵が隠れていたこともあった。島の人が入れかわり逃げこんできた。一晩すごしては、もっと安全なところをと出ていく。するとかわりに他の洞くつや谷から人がやってきてもぐりこむ。今は、女がひとり、男がひとり、中学生くらいの女の子と幼児の妹がいた。それぞれ仲間や家族とはぐれてたまたまその洞くつに行きついていた。

 出ていった人が尿や便をしていくので、洞くつのなかは便所そのものであった。それでも昼間、外にいるよりは安全と思ってみんなじっとしていた。
 女の子の妹は、そんななかでも、姉の腕にだかれて眠りこけていた。熱があって、だいぶ容体が悪いのであった。
 女がタバコに火をつけた。

「おうねえさん。タバコか。一本おれにもくれよ」
 片腕を三角巾でつった男が声をかけた。
「何と換えるんだい」
「乾パンしかないけどよ」
「まあ、しょうがないね。ほら」
 女はタバコを一本男に渡した。
「ありがとうよ。もう一週間すってないからな。火をかしてくれ」
 女はマッチを投げた。
「おっ、ずいぶん持っているね。ねえさん、タバコ屋だったのかい」
「まあね、近い商売だね」
「ふーん」

 男が火をつけ、暗闇の中で、その顔が照らされた。
「ああ、あんたおまわりか・・・」
「えっ、どうして分かった?」
「よくいじめてくれたじゃないか」
「お前だれだ?」
「だれだっていいさ。この際。聞きっこなしだよ」
 小さな子がせきをはじめた。
「うるせえな。静かにさせられないのか」
「ごめんなさい」ちいさい声で女の子が言った。「でも、この子、タバコの煙りにむせているんです。吸わないでくれませんか」

「あんた、なまいき言うんじゃないよ」と女がいった。「タバコがいやなら、あんたが、その妹をつれて出ていきゃいいんだよ」
「でも、この子、ぐあいが悪いんです」
「それじゃ、がまんさせるんだね。ま、先にここにいたのはあんたたちだから、出ていけとは言わないけどさ。でも、タバコくらいすってなにが悪いんだい。子どもにゃ分からないだろうけど、タバコ吸わなきゃ、落ち着かないじゃないか。いつ大砲の弾がとんでくるか分からないんだから」

 妹が泣きはじめた。せきがとまらない。
「ちくしょう。敵に見つかっちまうぜ。なんとかしろ」
「タバコさえ吸わないでくれれば、この子はおとなしくしてたんです」
「ふん、ケンカ売ってどうしようって言うんだい。チビのくせに、えらそうに。タバコも吸わせない気かい」
「タバコくらい、我慢できないんですか」
「よけいなお世話だよ。おまえなんかの知ったことか」

「おい泣きやまないんだったら、腕づくでも外へだすぞ。敵にみつかったらどうするんだよ」
 男が近寄ってきた。女の子はしかたなく、泣きじゃくる妹をかかえて立ちあがった。
「ひとでなし!」
「何とでもお言い。他人に同情していられないんだよ。今はね、自分だけが生きるか死ぬかなんだよ」
 女の子は出口でふりかえった。
「そうやって、大人はみんな自分だけ良ければって思うんだわ。それが……それがプルメリアをこんなにしたのよ」
 男がドスのきいた声で言った。
「非国民、出ていけ!」



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この短編戦争小説(昭和50年代に書かれた)に、たいして、どなたもコメントを下さいませんね。

それは何故でしょう?
今さら、過去のじめじめした血なまぐさい戦争の描写なんか見たくないからでしょうか?

それとも、この戦争被害者に視線を合わせ、そのまなざしで描く姿勢が、普段の皆さんの知る青雲さんの姿勢と180度違うから、言うべき言葉を失ったのですか?

私自身も、彼に問いたい。
戦争とは、しょせん弱者・女子供・病者・老人が一番ひどい目にあうしかない・・・そういうものだと、あなたは、コンナにも知っている。

自分の頭で消化しなければ描けない見てきたような見事な表現で。

にもかかわらず、徴兵制度が大事だ、いっぺん戦争ぐらいやってみろ!と、あなたは言うのか。

それとも、こういう事態は引き起こすべきでないと思っているのか。

そうであれば、この二つの矛盾を自分の中でどう解決するのか?

弱者が痛む戦争をあえて、打って出て占領国アメリカを追い出そうというのか?

占領国アメリカ様が起こされる戦争に協力して「えらいえらい」だったら、のぞみどおり独立させてあげると言ってもらえると考えているのか。

なんらかの、意思表示なしで、この従来とは正反対のものを出されても、読者は言葉を失ったのではないでしょうか?
Posted by 神戸だいすき at 2017年05月03日 07:16
神戸だいすき様

小説というのは、自分の政治的見解をこれに託して述べるものではありません。文学は文学としてみていただきたい。
Posted by 神戸だいすき様へ(ブログ筆者です) at 2017年05月03日 16:41
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