2017年02月28日

クルマの選び方(2/2)


《2》一流の自分を創るために乗る車
 昨日、躍動感と言う言葉を使いましたが、人間に躍動感を付けるためにクルマを活用した話を紹介します。
 昔、まだ庶民にはクルマが高峰の花だった時代のこと。ある男性が大学を卒業して小学校の教師に赴任しました。小学校の先生ではとても自家用車など持てない時代です。しかし、彼は借金してでもクルマを買うことを勧められ、素直に実践しました。そして最初はそれこそ軽自動車から始まって、勧められるまま、給料があがるごとに無理してでも上級クラスのクルマに買い替えていったそうです。

 おかげでその男性は、トントン拍子に出世して、若くして校長になり、やがてその県では最年少記録の教育委員になったそうです。
 これはどういうことかと言えば、クルマによって認識の躍動感を養成したから、なのです。脳細胞が生き生きとし、躍動するようになるために、次々に良いクルマに買い替えて乗ったわけです。

 認識に躍動感が出るとは、例えば引っ込み思案ではなくなり、どんどん積極的に仕事をこなし、意見を堂々と言い、人を率いて行くことが好きになり、怠け癖が消え、背筋がシャキッとするようになることです。それを周囲の人は見ていますから、トントン拍子に出世していき、人から頼られていくのは当然のことなのです。

 ですから、鬱だとか、どうも性格が暗くて消極的だという人が、自分を変えたければ、派手なスポーツカーでも乗って、高速道路をぶっ飛ばすといいのではないでしょうか。そうやって日常生活で良いものと自分の認識を相互浸透させるわけです。
 高速をぶっ飛ばしても安全なように、次にはABSだとかの安全性確保が大事になるわけです。

 わが流派では、「車は感動を買うと思えば安いものだ」と言われます。感動!ですからね。これは軽自動車ではどうにもならないのです。みんなが平伏するような車、憧れるような車でないと、感動にはなりません。これは見栄ではありません。

 最先端の技術が積まれているとか、室内インテリアは高級な革シートとか、天童の木目パネルであるとか、オーディオも最高品質だとか。それにホイールはBBSで、ステアリングも…というように、それぞれのパーツでも名の知れた一級品をそろえていけば、それはそれはモノが違いますから、感動もいや増しになるわけです。
 そういう技術者の英知の結晶が車ですから、その技術者の最高の認識=魂をもらえるわけです。

 それに車種の中のグレードも大事です。つまりスタンダード・レベルではどうしても見劣りがします。超デラックスのレベルでないといけません。例えば社長同士がゴルフ場に行くとしまして、ゴルフ場の駐車場に車を止めたときに、自分の車が、A社の社長の車やB社の社長の車と同じベンツでありながら、グレードの低いベンツであれば、当然見下げられた気分になり、ステータスを失います。だから車種の中でも一番高いグレードを選ばなければなりません。
 車はとてつもなくカネがかかるんです(笑)。

 教師にしっかりしろと書いた流れで続けると、思想性の高みがないから生徒にバカにされるのであり、これはどんな職業であろうと。生きざまであろうと共通しています。
 思想性の高みは日常生活のなかで創られます。飯の食い方、歯の磨き方。服の着方、そして会話の仕方にそれが全部現れます。だからクルマなのです。

 例えばアウディが世界一の車だとしたら、その世界一の車を創った技術者(あるいは経営者)の思想性の高みが、アウディという実体を創ったのですから、われわれがアウディに乗るとは、その世界一の車を創った技術者の魂をも受け取るように乗るべきなのです。ただ自慢たらたら乗るものではいけないわけですね。

 これは女性がグッチの鞄のような一流品を身につける場合もそうなのであって、単に欲しいから、自慢したいから、では自分が一流になる目的には関係ありません。グッチの思想性の高みを相互浸透する目的で身につけるべきなのです。

 従いまして、自分がアウディを運転するのではないのです。アウディが自分を運転させるのです。“自分がアウディに乗る”のではないと思います。これが最初に書きましたように、車を選んで乗ることは、自分が文化を背負っているという自負を持つため、育てるためのツールが車であるとともに、自分を一流の何か(医者とか、指導者とか、芸術家とか)に位置づけた車に乗ることの実践的なあらまほしき姿なのです。
 
 クルマに興味がない人は、ほかのもので替えるしかないでしょう。着る服とかに…それが何かはご自分で判断していただきたい。ただ一点豪華主義(スーツはボロでネクタイだけ最高級品など)はいけないようです。



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2017年02月27日

クルマの選び方(1/2)


 apollon様から、以前、本ブログで書いた「自動車の選び方」をもう一度見せてほしいとのご要望があったので、2008年6月にアップしたものを、以下に再度掲載します。


《1》自分を何か一流のものに位置づける車
 もこにゃ様から、車に関して以下の質問をいただいたので、お答えしたい。

 「ブログ主様おすすめの車はなんですか(^^;武道家なら何がおすすめでしょうか? 医療関係者なら何がおすすめでしょうか? また、芸術家なら何がおすすめでしょうか? 車が大好きなもので、以前からお聞きしたくてしかたありませんでしたm(._.)m

 これはわが流派で教えられることだが、一言でいえば、車はステータスなんですね。あるいは自分は文化を背負っているという自負を持つため、育てるためのツールが車である、と。
 どんな車を選ぶべきかを端的に述べれば、自分を一流の何か(医者とか、指導者とか、芸術家とか)に位置づけた車に乗ることです。
 自分が一流になるため、一流と見られるためです。一流と見られるためには、その車にふさわしい人間になる努力が必要ですから、一流の車を選ばねばなりません。

 その意味でまず外見、デザインは大事です。見た目で周囲の人は判断します。そしてその車の「格式」がその人に相互浸透して、その人を創ります。その観点から選ぶ必要があります。
 例えば社長ともなれば、ベンツ、プレジデント、センチュリーといったところを選ばないと格好がつきません。黒塗りのベンツで会社や取引先に乗り付けるところに意義があります。そうでなければ、相手に軽んじられる、見下されることにもなります。

 ですから車を選ぶ際の眼目は2点。自分がどういう人間になりたいか、そのために車をどう利用するかであり、もうひとつは、人からどう見えるか、に尽きます。次に車の性能、安全性、さらには名前も大事です。名前の付け方はトヨタがうまいですね、クラウンとかカローラとか。日産はスカイラインだけはうまかった。三菱はへたで、デボネアなんて…名前だけで乗りたくなくなるでしょう。

 武道家なら? 医療関係者なら? 芸術家なら? ということですが…一般的述べてみます。
 武道家なら強そうに見える車でしょう。それも現役ばりばりの人なら力強く、自分の運転技術でコントロールするのを味わうような(つまりコンピュータ任せにしない)車を選ぶこともあるでしょう。もっと指導者とか達人の雰囲気を自分で演出したいのなら、走りの良さに重厚感を加えたような車を選ぶとか。
 重厚感といっても、社長室のようなくつろぐ感じではなくて、雰囲気としては重戦車をイメージできるような車がいいでしょう。アウディにはそれ(辺りを睥睨(へいげい)する)がありました。グレードの低いアウディA4くらいではちょっと無理ですが。

 医療関係者といってもさまざまですが…、軽自動車では患者に権威を示せませんから、やはり重厚などっしりした安心感のあるような車になるでしょう。人様の命を預かるに相応しい車であるべきです。ベンツやBMWなど高級外車はいいのですが、患者が見ると、「ああ、ワルをやって儲けているな」と思われかねないのが、むずかしいところ。ほどほどの高級車にするか、そんな周囲の雑音を気にしないか、ですね。
 看護婦やパラメディアカルとなれば、これもそう高級車に乗るわけにはいかないでしょうね。身分不相応と言われますから、せいぜいマーク2、セフィーロ、インスパイアといったクラスでしょう。

 芸術家は多様でしょう。個性大事ですから、自分が重厚感のある作品を創りたいならベンツとかプレジデントとかでしょうし、文化を語るレベルならロールスロイス、ジャガー、レンジローバーなど。もっと軽快で切れのいい感性にしたいというのであれば、スポーツタイプの車がいいでしょうし、野生みたいなものを追及したければオフロードタイプのRV車、五感を磨きたいならオープンカーとか。

 ハイブリッドのプリウスは燃費では魅力ですが、小さくてステータスになり得ません。近所を走る下駄代わりとしての車ならお勧めできるでしょうが。「見せつける」という目的には合わない車ですね。
 一般的に捉えるべきところを書きましたが、それぞれ一概には言えないと思います。

 それに、個人のありかた(個性)があるうえに、その人間の目指すところによっても変わってきます。例えば、自分がどうも弱気で臆病だけれど、もっと堂々とした人間になりたいと望むのであれば、極端な話、ダンプカーがいいわけです。ダンプではいかにもガサツですが、そんな押し出しのある車、つまり街を走っていたら周囲がどいてくれるような周囲を圧する感じの車がいいでしょう。

 周囲を睥睨しながら運転したい、志を把持する感じを持ちたいというのなら、車高が高いRV車がいいでしょう。トラックに乗れば、「怖いものなんかないぞ! どけどけ!」という感じになるでしょう(笑)そんな感じがいいわけです。
 逆に、ビッツとかシティなんかの軽量感のある車を乗り回していると、その軽さ、手軽さと相互浸透します。

 つまり極端にいえば寝間着のまま乗り込んでも平気な感じになります。しかしベンツやアウディ、セルシオ、マジェスタあたりなら、一応構えて乗る感じになるでしょう。寝間着では乗れないというか。タキシードを着ないと相応しくないような気分にさせられるでしょう。
 しかも車は家とは違って、運動性がありますから、相互浸透が運動性を帯びたものになります。躍動感を含んだ認識が育つのです。

 このように書くと、車をそんな「見栄」で決めるのはおかしい、なんて文句を言ってくる人もいるでしょうが、そういう人は世の中の現実を知りません。そんな人だって、大企業の社長が日産モコ(すでに生産中止)のような軽自動車で自ら運転して会社に乗り付けたら笑うはずです。
 逆にセールスマンが個人の自由だとばかり、最高級のベンツで客の所に乗り付ければ「なまいき」と思われて、仕事ができなくなるでしょう。

 車は実用本位でいいんだと反発したい人は多いでしょうが、実用本位の車は、どうしてもステータスにはなり得ませんね。トヨタハイエースみたいなワンボックスカーは実用的には、荷物もたくさん積めていいでしょうが、そんな車で例えば「アカデミー賞の授賞式」のようなところに乗り付けるわけにはいきません。
 多くの教師は人からどう見られているか、人はどうあなたを見定めるかがわかっていないのでしょう。



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2017年02月25日

島原の子守歌の魂(4/4)


《4》
 さて話を日本に戻せば、戦国の世を統一した秀吉や家康は、キリスト教が日本を侵略しようとしている事を見抜いたから、キリシタン禁制を打ち出し、やがて鎖国に至るのだが、キリシタンが広まってしまった島原や天草地方には手を焼いた。島原の乱は実際は、キリシタン一揆ではなかったそうで、徳川政権がこの地方からキリシタンを一掃しようとして、この地方全体に非常に苛烈な支配体制をとったことが原因である。

 島原の乱では原城にこもった民百姓3万7050人を全滅させている。乱のあとに幕府は、多くの寺や開拓者を各藩から集め、島原・天草地方に新しい村づくりをなさしめた。だからややオーバーに言えば、この地方は大昔からの人は絶え、新参者が居着いたことになった。この地方に立派な寺が多いのは、幕府が援助したからで、そうまでしてキリシタンを絶滅させ、二度と決起などさせないための施策だった。

 それにこの地方は火山灰地なので土地がやせていた。寛永4年には雲仙岳の噴火で1万人ほどの死者を出している。踏んだり蹴ったりだった。
 さらに明治維新となって、ついに本格的な白人どもの魔の手が伸びた。日本は彼らによって開国させられ、世界資本主義体制=ユダヤ金権力の枠にはめ込まれた。日清・日露の戦役に、あるいは世界大戦にと、ユダヤの陰謀によって狩り出され、日本の男たちは戦場で殺されていった。だから働き手の男がいなくなった農村はいっそう貧しくされた。

 もう一つ貧困化の原因は、明治以降の鉄道の普及である。おおかまに言えば、江戸時代までは、日本の経済活動は“面”であって、交通手段がろくに発達していなかったから、陸上交通は狭い道が編み目のように発達していて、そこを行商が歩いたのであった。

 だからある意味、人民の富みは均されていたのである。ところが明治になって鉄道が敷かれ、経済活動は点と線に変わった。集中させたほうが効率があがり儲かるからである。鉄道の拠点とその周辺は経済活動が活発化するが、そこから大きく外れた地域は取り残されることになった。

 地図を見ればよくわかるが、例えば島原半島や天草は、北九州から長崎への幹線から大きく外れてしまった。つまり農産物ひとつとっても、大都市へ出荷するに不利な状態にさせられた。これがまた貧困を増長させる原因、つまり出稼ぎに出たり、移民となったり、満州開拓に出るしかない状況が生じたのである。鉄道や道路の発展にはこんな負の面もあったのだ。

 明治以降、日本は商社などの海外進出で、アメリカ、満州、シベリア、支那、東南アジアなどに出ていった。例えばゴム農園で、あるいは真珠取りに、男たちが狩り出された。その男たちに提供されたのが娼婦である。資本家たちは、ヤクザをつかって娼館を経営させ、奴隷のようにこき使った男たちをさらに歓楽街へと誘導して散財させたのだ。

 だから女が必要とされた。まず最初は現地植民地で商売したり、原住民を監督(虐待)する仕事に来る男性の性処理のために女が集められたりした。日本軍が出向いた先でも女が必要だ、とされて将校、兵士らの相手として女がかき集められた。

 軍隊に娼婦はつきもので、何も日本だけの事情ではない。雑談的に言えば、源平の戦いの当時の白拍子は、兵についていった娼婦である。近くは大東亜戦争が終わった直後に東久邇宮首相は進駐軍のために、慰安婦7万人を用意させたという。戦国時代の武将は男色を好んだが、これも女の代替である。西洋でも軍隊には映画「外人部隊」に見るように、女がついて歩いたし、さらに昔はブタやヒツジなどの動物を連れて行軍したのである。

 閑話休題。
 満州や支那で、日本軍が占領した街にはまっ先に、ピー屋(売春宿)と赤提灯ができ(戦時中は朝鮮人経営者が多かった)、ついで三井や三菱の商社が進出してきたのであった。からゆきからやがて慰安婦へと変化した。三井などの大資本と天皇家や政治家はグルになって、戦争を仕掛け、麻薬や売春をセットにして発展したのだ。

 セットにしたのはそれだけではなかった。貧しい人びとをだまして信仰させたキリスト教や仏教が、それである。ユダヤ金権勢力にせよ、日本の権力者にせよ、民衆を困窮に落としこんでおいて、一方で宗教をあてがって、権力に歯向かうことなく、神仏という空想世界に安心立命を求めるよう、その心までも支配した。それゆえ私は広田言証のやった慈善行為を善とはし得ない。マルクスが言った「宗教とは麻薬である」は、正しいのだ。

 「からゆきの小部屋」サイトの解説に蛇足を加えるつもりが長くなった。見てきたように、とりわけ島原・天草はからゆきが多かったのだが、その原因たる貧困は、「創られた」ものだったのである。貧しいから人びとは海外に出稼ぎに出、移民となって出ていったのではあるが、そのからゆきも含めた出稼ぎや移民でも儲けようとした闇の勢力があったから、そうなったのである。

 日本の大衆を貧困にしておけば、彼らは自ずと食うために海外に出ていかざるを得ないし、宗教にすがらざるを得ない。そこに商売のタネを見つけ、ぼろ儲けを企んだのが大企業であり、その大株主であった天皇家であった。むろん、これはユダヤが世界に先駆けて実践し広めた、悪辣な手法であって、日本はそれをも猿マネしたのである。
 かくて、『島原の子守歌』の6番にあるように、「伴天連(バテレン)祭の 笛や太鼓も鳴りやんだ」のである。





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