2017年02月18日

田舎も都会も人はへこむ


 山陰地方に住んでいる知り合いの若い女性から、久しぶりに近況を報せるメールをもらった。
 なんでも新年会があったそうで、そこで酔った先輩にからまれたらしい。

 いきなり酒席で同席の女性から「あんたはね、人前ではいつもニコニコしているけれど、自分が気に入らない人への反応はものすごく冷淡なのよね。外面はいいようでも、家ではわがままで、本当は性格が悪いんでしょう」などと面罵されて、びっくりしつつも、当たっている面もあって「へこみました」とある。
 
 「私にも非はありますけれど、人には嫌なことはいうものではありませんね。言われた方は、ずっと忘れませんね。どうしても直してほしいことがあれば、直接、心をこめて言うべきだと思います」
 と書いてきていた。

 この女性がどういう性格なのかはどうでもいい。田舎のジトッとした人間関係の一端をかいま見る思いがする。
 都会が住みやすいわけでもないが、私は田舎は絶対に住みたくない。
 以前にも紹介したが、丸山健二氏の「田舎暮らしに殺されない法」(朝日新聞出版 08年刊)から、田舎暮らしとはどういうものかを取り上げた。

 丸山氏は若者が都会に出て行く理由を、単に職がない、夢がない、男女の出逢いの場がない、刺激がなく退屈、などということではないと言う。
 「かれらは、暗く湿った、息の詰まるような、四六時中監視し合っているような、田舎の重苦しく狭苦しい雰囲気に対して背を向けたのです」と説いている。

 冒頭に紹介した山陰のある小都市に住む女性のいがみ合いの話も、まさに息の詰まるような、表向きは仲良くやっているようでも「四六時中監視し合っているような、田舎の重苦しく狭苦しい雰囲気」を思わせる。

 じゃあ都会はどうかということを、同じ丸山健二氏が自伝的小説ともいうべき『生者へ』(新潮社 2000年刊)で以下のように書いていることは痛烈である。
 これは丸山健二氏が当時としては史上最年少で芥川賞をもらって作家デビューする前の商社勤めの時代を回顧しての文章である。
 少々長いが、みなさんも身につまされるだろう。

     *     *

 だが、企業というところはそう甘くはなかった。八時間勤務で、残りの時間は全て自分のものと考えたのは大きな間違いだった。私のような成績のよくない者をなぜ積極的に採用したのか、その理由はすぐにわかった。配属された電信課の仕事の中身は想像していたよりも大変だった。日本の商取引の慣習として海外の時間に合わせて動くために早出と残業が連日つづいた。

 毎日へとへとに疲れ、余計なことを考える余裕はなく、帰りの総武線の電車の中ではしばしば眠ってしまい、津田沼の駅を乗り越して千葉の駅で目を覚ますということがたびたびあった。
 休日には寮で眠っていることが多く、映画を観る気力もなかった。そして、只生きているというだけの虚しい日々が素早く通り過ぎて行き、そんな暮らしに抵抗する体力がどんどん消耗してゆくのだった。

 最初のボーナスをもらったとき、ささやかな額ではあったが、どうして多くの先輩たちが羊のようにおとなしくそんな生活に耐えているのかわかった。わかったような気がした。1年に二度これをもらえるから何とか我慢していられるに違いないと思った。会社勤めにつくづく嫌気がさした頃に出るボーナスのカンフル注射にも似た効力は大したものだった。勤め人たちを生かさず殺さずの微妙な状態に保つボーナスにつられてずるずると会社に居ついてしまう危険性をひしひしと感じた。
 それは私の思い描くところの真の生者の道に著しく反する道であった。

 一番我慢ならなかったのは、職場の人間関係だった。人間が好きだからこそ堪えられなかった。家庭的と言えば家庭的、日本的と言えば日本的なのだが、公私の区別がない、上辺だけでありながら妙にべたべたした付き合いにはうんざりさせられた。課長が最初にしてくれたアドバイスはこうだった。「会社というところは仕事よりも人間関係のほうが数倍も大切なんだからね」としつこく言われたものだった。

 しかし、私のように生まれながらにして集団に組み込まれることを嫌う人間には心外な忠告だった。私がサラリーマンをしているのはひとえに一文無しの身分だからであって、あくまで口過ぎのための手段にすぎなかった。忠誠を誓ってまで資本家に尽くさなくてはならない義理などひとつもなかった。ましてや、こっちが選んだわけでもない職場の人間と温泉旅行まで共にしなければならないなんて論外だった。

 だが、そんな考えを持つ者はどうやら私ひとりのようだった。周辺にはサラリーマンになるためにこの世に生まれてきたような人間がごまんといた。適応力に富んでいるというか、従順な質(たち)というか、典型的な現実派であるというか。
 万歳突撃を命じられたら即実行に移し兼ねないような「君、よろしくね」と言われた肩をポンと叩かれたら、ビルの屋上から身を投げ兼ねないような、そんなタイプの数のあまりの多さがひどく不気味なものに感じられた。
 本当に自分と同じ人間なのだろうかと疑わずにいられなかった。かれらといっしょに満員電車に詰め込まれるとき、ゲットーに送り込まれる人々の気持を想像しないではいられなかった。

   (中略)
 九分九厘の人々が辛抱していたとしても、私だけはそんな現実をあっさり認めてしまうわけにゆかなかった。たとえ突然成功の道が開けて蒸し風呂のような満員電車にぎゅう詰めにされなくてもよくなり、冷房の効いた高級乗用車で送迎される身分になったとしても、こうした土地では絶対に暮らさないだろうと思った。

 ところが、周囲の人々はいらいらしながらも怒り狂うほどではなかった。己の行く手にどんな人生が待ち構えているのかを百も承知しながら、ささやかな変化に、プロ野球の試合の結果や、競馬の予想や、賭け麻雀の勝敗や、株式の相場といったことに楽しみを見いだし、一喜一憂しながら、半ば諦めの日々をきちんと生きていた。

     *     *

 丸山氏が書いている状況はもう40年前の話だが、今も変わるまい。相かわらず会社勤めは奴隷の日々である。40年前より、女性がこの奴隷仲間に加えられた数が多くなったくらいの違いしかない。
 つい先だっても電通の女性社員が残業の多さに耐えきれず自殺した。

 この丸山氏の『生者へ』、いかがですかみなさん?
 苦い、砂を噛むような思いでこの丸山健二氏の突き刺さってくるような文章を読んだのではないだろうか。そんなこと言ったって、丸山は小説を書く才能があったからサラリーマン地獄から抜け出して成功したんであって、才能がない俺にどうしろと言うのか、耐えて家族のために生活費を稼ぐしかあるまいに…と、怒りを私や丸山氏に向けたくなったかもしれない。

 前回、この書を取り上げた際にも紹介したが、『生者へ』の「腰巻き(広告の帯」には、
 「いかなる権威にも屈することなく、いかなる集団にも頼ることなく、さりとて世捨て人に堕するわけでもなく、そのために支払う代償をものともしないで、どこまでも個人の自由という掛け替えのない精神と権利を求めずにはいられない激しい気性の持ち主こそが、真の創作者であり、真の生者たらんとする生者である。」

 とある。
 多くの奴隷となった日本人には、意味がわからない言葉であろう。ほとんどの大衆は、今の暮らしより「ほんのちょっと」豊かで、楽しければいいのだから、権威がどうたらなんて関心がない。半年に1回のボーナスをもらって得したような気分になって、一つ家電製品を買って、旅行にでも行ければ、従順に働くのみ。
脱却する方途へは絶対に足を踏み出さない。「だって、仕事が忙しいんだもの」と。「空手をやってみないか、だって? 仕事が山のようにあるんですよ。放っておけませんよ」

 そして「 己の行く手にどんな人生が待ち構えているのかを百も承知しながら、ささやかな変化に、プロ野球の試合の結果や、競馬の予想や、賭け麻雀の勝敗や、株式の相場といったことに楽しみを見いだし、一喜一憂しながら、半ば諦めの日々をきちんと生きていた。」となって、はい、おしまい。
 末路は、医者と製薬会社と役人に騙されて、病気をつくられて死んでいくのである。



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2017年02月17日

ホロコーストの“真実”とは(2/2)


《2》
 私は、ナチスによるユダヤ人迫害がなかったと言う自信はない。しかし「ユダヤ人が600万人虐殺された」というのは、誇張された話ではないかと思うのみだ。真実は検証されなければならないと思う。イスラエル=シオニストは、疑惑に対してまっとうに答えなければならない。言論を封じ、弾圧するやり口はあまりに卑劣である。
 人にいっさいの疑問も許さないのは、逆にそれがウソだからであり、バレると都合が悪いからだと疑われる。

 なんで自分たちを悲劇の主人公にし、ナチスを悪魔に仕立てるかは、税金問題だと言ったが、もう一つは、「しかるべき死体の数によって、イスラエルという国家にたいしてドイツが戦後一貫して毎年支払い、いまも支払いつづけている莫大な補償金の額を正当化するため」(ラッシニエ『ヨーロッパのユダヤ人のドラマ』(『ホロコースト物語とユリシーズの嘘』所収)より)なのである。これをイスラエル協定と言う。

 以下は昨日も紹介した「教えて!goo」の「ユダヤ人ガス室大量殺人の真実」にある“解説”である。簡潔にして的を射て見事なので、全文を引用させていただく。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2712606.html?from=recommend

     *     *

[引用開始]
 ラッシニエはさらに、「それは単に、純粋に、そして非常に卑劣なことに、即物的な課題でしかないのだ」という表現をもちいている。一九四八年までは存在していなかったイスラエルという国家にたいして、一九四五年以前の問題についての補償金を支払うという「イスラエル協定」については、その法的矛盾を指摘するとともに、「いかなる言語でも“詐欺”としか表現できない」という告発までしている。
 このラッシニエの告発は、決して突拍子もないものではなかった。永井清彦も『ヴァイツゼッカー演説の精神』のなかで「イスラエル協定」について、つぎのようにしるしている。


「この協定は日本では普通、『賠償』協定と呼ばれているが、実はボツダム協定にいう賠償の枠を越えた、『償い』の協定であった。イスラエルはかねてから、ドイツからの賠償を要求していた。しかし、戦時中には存在していなかったイスラエルに、賠償請求権があるかどうかについては法的な疑問がある、というのが戦勝四大国の立場であった」
(略)

 朝日新聞の特集記事「問われる戦後補償、下」(93・11・14)によると、一九九三年現在で、一九四九年以来イスラエルがドイツからうけとった金額は、九〇四億九三〇〇万マルク[一九九四年現在の交換レートで約五兆七九〇四億五二〇〇万円]に達している。協定の期限の西暦二〇〇〇年までの支払い予定の残額は三一七億六五〇〇万マルクで、あわせて一二二二億六五〇〇万マルク[おなじく約七兆八二四九億六〇〇〇万円]になる。そのほとんどはイスラエル、ユダヤ人組織、ユダヤ人個人向けである。

 イスラエルは、砂漠地帯に給水設備をめぐらせつつ、国際的にも非難されている「占領地域」にまで入植し、いまや三〇〇発以上の核弾頭を保有するという事が公然の秘密とされている超々軍事国家である。人口の増加は、軍事的な意味でも必死の課題だが、移住者をむかえるためにも資金が必要である。イスラエルの経済はもともと、ドイツやアメリカからの資金援助なしには絶対に成り立たなかったのである。

 だから当然、以上のようなラッシニエのきびしい糾弾の言葉は、「イスラエルという国家」、またはシオニストにとって致命傷となりうるものだった。
(略)

 パリで、具体的には一九四五年一二月二一日、ドイツから取りたてる賠償金の配分を決める会議が開かれていた。『移送協定とボイコット熱1933』では、ユダヤ人自身の国際組織、「世界ユダヤ人評議会」が一九四八年にニューヨークで発行した活動記録、『離散の中の統一』の記述にもとづいて、この会議の経過を要約している。

 第一次世界大戦後の高額賠償金請求はドイツの経済を破壊し、ヒトラーの登場をまねいた。だから今度は金額は低くおさえられた。「二五〇〇万ドル」と「中立国でさしおさえたドイツの資産」および「ドイツで発見された金塊」が賠償金の基金となった。最初は、ユダヤ人への賠償という考えは、連合国首脳の頭のなかにはまったくなかった。世界ユダヤ人評議会はアメリカ政府に強力にはたらきかけた。

 その結果、最初の段階では、賠償金の配分を「ドイツの支配下で非常にくるしめられたもの」に優先するという原則が決まった。だが、そのときにはまだ「ユダヤ人」の名はでていなかった。以後、翌年の一九四六年一月一四日にいたるまでの「ユダヤ人組織のきびしい努力の結果、やっとのことで」、「二五〇〇万ドル」と「金塊」の九〇%、「相続者のいない資産」の九五%がユダヤ人に配分されることになった。その使用目的は、ユダヤ人組織の代理人が持ちだしたもので、「ユダヤ人戦争犠牲者の再定住」のための資金にあてるという計画だった。

「ユダヤ人戦争犠牲者の再定住」、すなわちイスラエル国家の建設である。このための資金の獲得こそが、ラッシニエが「純粋に即物的」と表現した具体的な課題だったのである。「六〇〇万人の神話」は、まず最初に「しかるべき死体の数」として提示され、ドイツからの賠償金の配分獲得に役立ったのだ。
  [引用終わり]
 
 これらからお分かりかと思いますが、まず第一に金なんです。戦争の賠償金などというものは、通常では考えられないほど莫大な利権を生みます。
 その為には、歴史を捏造して、自分たちの被害を殊更に強調し続けるのも、自然な事です。

 また一度捏造したら、永遠に嘘はつき続けなければなりません。嘘によって成り立っている利権なのに、嘘と認めてしまうはずがありません。たとえそれがどんなに科学法則に反していて荒唐無稽であってもです。

 そして、欧米においては、少しでも真実を知ろうとする人がいれば、ユダヤ人の団体によって、潰されてしまいます。「知ろう」とした時点で、文字通り犯罪です。ホロコーストに少しでも疑義を唱える本は、児童ポルノと同じように、発禁処分を受けます。

 そのように法律によって、嘘を嘘のままにしておかなければならないのです。

 現在は、嘘をつき続ける事で、得をする人たちが、政治的にも経済的にも優勢で、メディアも支配されています。それが現実なんです。だから現状がそう簡単に変わるわけが無いのです。
 主流メディアとは、政治的に歪められているので、そこにはメディア支配者の見せたい「現実」しかありません。だから、本当の現実を知りたいならば、そこから離れるしかありません。
 そこから離れた場所で、幾多の科学的で自然な「本当の真実」が見えてくるでしょう。その為には、何が正しいのか判断できるメディア・リテラシーを持つ事が必要です。

     *     *

 日本でも、昭和天皇が本当はアメリカとの戦争を望まなかったのに、陸軍が暴走したんだとか、天皇は政治・外交・軍事には介入させてもらえなかった、昭和天皇ほど平和を希求された人もいない、などの話がまかり通っている。小林よしのりが最近そのプロパガンダの片棒を担いでいる。
 あるいは海軍は善玉で、国際的視野を持っていたが、陸軍が頑迷で覇権主義だったために大東亜戦争に突き進んでしまった、などいうウソも、人口に膾炙している。

 これはまさに「嘘をつき続ける事で、得をする人たちが、政治的にも経済的にも優勢で、メディアも支配されています。それが現実」なのである。

 最後にもう一度、ホロコーストに関する“感想”を述べておくと、いかなナチスが悪逆非道だったとはいえ、当時のドイツ人がそれほどのバカであったろうか? むろん騙された面はあろうけれど、市民はふつうの、今とさして変わらない認識を持っていたはずで、国中あげて犯罪集団と化したとは思えまい?
 われわれの祖父や父の代の人たちが、あろうことか南京に赴いて、虐殺のかぎりを尽くすなどということは、信じられないことであろう。

 あなたの周囲に、そんな大阪教育大付属池田小学校に乱入して児童を無差別に殺害しまくったとされる宅間守を、百倍ほども悪くした兵士たちが、南京に押し寄せたのか? 同様に、ナチス時代のドイツとて、国民みんながユダヤ人をいじめぬき、600万人も殺せるわけがなかろう。ましてヘーゲルやベートーヴェンを生んだ偉大なドイツ人が、である。

 600万人も虐殺? そんなバカなことはあるはずがない、という素直な目で、われわれはマスゴミや官許歴史教科書から離れてものごとを見なければならない。
 一方で、昨今のヨーロッパの難民・移民問題は、ドイツが大量に受け入れているが、その拝啓にはほとんど語られない、「イスラエル協定」がからんでいるのではなかろうか? とも疑ってみるべきではないかということなのである。

 未来永劫、ユダヤ(イスラエル)が国家として贅沢をやらかすためにはドイツからの「償い金」がもらえなければならない。イスラエルにとっては、ドイツ人が一生懸命に働いてカネをかせいでくれないと困る。だから中東から安い労働力を送り込んで、ドイツで働かせるのがうまいやり方ではないのか…と。




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2017年02月16日

ホロコーストの“真実”とは(1/2)


《1》
 ナチによるユダヤ人迫害や強制収容所をテーマにした映画はずいぶんと観てきた。最近では、ハンガリーの映画で『サウルの息子』がある。
 サウルはハンガリー系のユダヤ人。ビルケナウ収容所のなかでゾンダーコマンドとして働いている。ゾンダーコマンドとは、収容所に連れてこられたユダヤ人のなかからナチスが選抜した部隊で、ユダヤ人の死体処理に従事させられるが、それもしばらくの間だけで、彼らもいずれガス室に送り込まれる(となっている)。

 2015年製作だから、今日でもホロコーストは(妙な言い方になるが)映画では人気のあるテーマであるらしい。『サウルの息子』は、収容所で働かされる主人公の目の前で、ガス室で殺されたばかりの息子がいた、というところから話がはじまる。
 サウルは何がなんでもユダヤ教で埋葬して、簡略ながらも葬儀をしてやりたいと思って、息子の死骸を隠し、ラビを探し回る。

 収容所のなかで、ナチの監視の下、そんな自分勝手なことが許されるわけがないし、ゾンダーコマンドの仲間たちにも多大な迷惑を被らせても、最後の「人間らしい(?)」埋葬にこだわる主人公に同情的に映画は描かれるけれど、私にはどうもこのテーマは無理があると思えたし、70年以上も昔のナチの収容所を舞台にするあたりも古いのではないかと思えた。

 いささか不謹慎は言い方かもしれないが、ナチの収容所を舞台にしたら、いくらでも映画は創れるではないか。ガス室に放り込まれるユダヤ人一人ひとりにドラマがあるし、ナチの人間にもドラマは考えられる。それが悪いと言うわけではないが、ホロコーストが本当にあったのか? と問い直されている現代において、ガス室があったことを前提とした映画がなお、なお、なお、創られることにはいささかの疑問を呈さねばならない。

 ナチス・ドイツによるユダヤ人へのホロコーストの真相はすこしずつ世間に浸透してきているように思える。ナチスがユダヤ人をいじめた事実はあっても、ガス室に放り込んで600万人もの大量殺人をやらかしたとは、戦後のユダヤ人による作り話だとする見解である。

 しばらく前に、イランのアフマディネジャド大統領が堂々と、ホロコーストはウソだと言って(2005年)、日本のマスゴミをはじめ世界中が驚いていた。
 アフマディネジャドはホロコーストについてこう言った。
 「イスラエルが建国の口実にでっちあげたものだ。西欧諸国はヒトラーが数百万のユダヤ人を殺し、強制収容所送りにしたと主張する。これに疑いを抱く者は、歴史家であれ、評論家であれ、科学者であれ、誰であれ手厳しく非難されるか、牢獄にぶち込まれる。」

 アメリカによるアポロの月面着陸もひどいウソだったが、ホロコーストもきわめて怪しい。
 アフマディネジャドが言うように、ホロコーストに疑念をいだいただけで、欧米では「誰であれ手厳しく非難されるか、牢獄にぶち込まれる」。ドイツでは5年の懲役、オーストラリアでも3年の懲役をくらうそうだ。職も失う。

 欧米では、少しでも真実を知ろうとする人がいれば、ユダヤ人の団体によって、潰される。知ろうとしただけで犯罪にされる。ホロコーストに疑義を唱える本は発禁処分を受ける。

 なぜそんな厳しい法律があるのか? それはユダヤ人がカネを儲けるためであると、斯界の権威たる宇野正美氏(国際時事問題評論家)は解く。
http://www.youtube.com/watch?v=JYBFJ0qHrcY&NR=1
 たとえばドイツでは、ユダヤ人の企業は無税だそうだ。それはユダヤがドイツを支配しているから出来る。もしドイツ人が、ユダヤの企業にも税金を払ってちょうだいな、とお願いすると、「貴様らドイツ人はヒトラーとともに俺たちユダヤ人を迫害して、600万人も虐殺したじゃないか、それを忘れたんか!」
 と、すごむのである。これでドイツ人は参ってしまう。
 問答無用がまかり通る。
 
 600万人という数値はニューヨークのユダヤ人協会なる団体が発表したものである。いささかも科学的裏付けがあるものではない。日本軍の「南京大虐殺」と同じプロパガンダである。
「教えて!goo」にある「ユダヤ人ガス室大量殺人の真実」にある、「疑惑」を並べてみよう。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2712606.html?from=recommend

・死因がガス中毒によるものの死体が一体もみつかっていない。
・当時のガス「チクロンB」では人を死に至るにはかなり難しい。
・死体を焼却するはずの焼却炉が見つかっていない。現在あるのは再現用である。
・焼却すれば当然、煙が上がる訳でありそのような煙を偵察機が捉えた記録は一度も無い。
  しかも、わざわざ場所を教えるような煙の上がる焼却をするとはとても考えにくい。

・死体の死因の大部分は「餓死」と「チフス」によるものだった。
  ドイツ側の言い分は「餓死」させてしまったのは連合軍側が補給路を断った為だからと発言している。
・迫害を受けていたユダヤ人側から「そんなガス室や焼却炉など見たことも聞いたことも無い」と裁判で発言しているがこの発言を一方的に破棄されている。

 一口に600万人を殺したというけれど、宇野正美氏はそれを4年間での仕業とすると、1日あたり5000人も殺さなければ間に合わない。神戸の震災でもおよそ5000人が死んだが、火葬するのに10日間もかかっているそうだ。
 ナチスはこれだけの遺体をどう処理したのか? そんな設備はなかったのである。
 人間一人を火葬するのに重油ベースで180リットルが必要とされる。当時のドイツ軍は日本以上に化石燃料が(アメリカから密かに売ってもらっていてもなお)足りず、モスクワ占領を諦めてまでコーカサスの油田を狙ったほどであった。

 そんな貴重な石油を、たかが虐殺した人間を焼却するのに使うわけがあるまい。 
 大戦中のドイツは人手不足で、実態はユダヤ人さえも工場などの単純作業についていたのだ。殺して処理をするには手間ひまがかかる。カネもかかる。いくらヒトラーがユダヤ人を根絶やしにしたくても、そんな無駄なことをする余裕が、本当にあったのか。
 アウシュビッツ収容所には、人間の脂から石鹸を作ったの、髪の毛で毛布を編んだのというおどろおどろしい“証拠”が展示されているようだが、そんなコストのかかる商売を、世界一合理的な考え方をするドイツ人がやるわけがないじゃないか。 

 フランクルというユダヤ人の心理学者が強制収容所での体験を書いた『夜と霧』という本があるが、あれもプロパガンダの一種だったのではないか。以前にも書いたが、有名な『アンネの日記』もウソっぱちである。ユダヤ人の三流小説家がでっちあげた“騙りもの”である。

 『夜と霧』のなかでフランクルはこう証言する。
 アウシュビッツ到着するとユダヤ人の囚人たちは一列に並ばされ、ドイツ軍将校によって身体検査され2グループに分けられる。一方の人々は石鹸を渡され、毒ガスが撒かれる「浴場」へ行った。別のグループは別の浴場へ行き、そしてそこで裸にされ消毒された。ガスの出る「浴場」へ行った人々はその後姿を見ることはなかった…。

 映画『ソフィの選択』にもあったショッキングな場面だ。映画ではメリル・ストリープ演じるユダヤ人の母親が、ドイツ人将校に連れている二人の子のうち、男の子か女の子かどちらかを選べ、と言われる。母親は男の子の手をひき、下の女の子は引きはがされてガス室送りになるという話である。
 あれは世界中の観客の紅涙を絞ったであろう。まったく…よくやるよ、ハリウッド映画は。これでもかとドイツ人を悪者に仕立てる。というより自分たちユダヤ人をこれでもかと悲劇の主人公に仕立ててきた。そのプロパガンダの役割を担ってきたのがハリウッド映画であった。

 私も昔、フランクルの『夜と霧』を読んで、ナチスはなんとひどい事をすると憤ったけれども、フランクルはその毒ガスとやらを殺人に使ったあとどうしたかを書かなかった。「浴場」で毒ガスを充満させたら、人は殺せるかもしれないが、そのガスの後始末が超困難である。うっかり窓やドアを開けて外気に放出したら、収容所のドイツ人にも被害が及ぶ。煙突から出したことになっているが、 周辺の村人も吸ってしまう。

 だからガス室うんぬんはウソか、もしくは超誇張なのだろう。『サウルの息子』では延々と屍体処理の場面を描くが、死体は重くて1人ではそう簡単には運べない。二人掛かりでやっと持ち上げる。そんな作業を1日5000体も運ぶのはとてつもない重労働である。日にち毎日、それをゾンダーコマンドのユダヤ人にやらせるのは、相当無理がある。



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