2017年06月06日

「地球温暖化」はポリティカル・コレクトネス


 トランプ大統領が、アメリカはパリ協定(気候変動枠組条約)からの離脱を宣言したことで、マスゴミはいっせいにトランプを非難しはじめた。トランプはやっぱり悪い奴だというのだ。
 日本でもそれに同調して、政府もマスゴミもトランプは人類の敵だの、怒りを覚えるなどと最大級の罵詈雑言。

 まったく勉強しないで、良い子になりたがる奴ばっかり。
 実際問題として地球全体としては温暖化していないし、二酸化炭素も多くはなっていない。因果関係もない、と科学の見地からは段下されているのに、温暖化阻止は絶対正義だとか、エコがいいんだとか、マスゴミが煽り、多くの大衆が地球規模で賛同している。
 バカ言ってんじゃないよ〜♪

 昔から、地球温暖化は科学者のあいだでは、こんなものは科学ではなく「政治」だとわかっていた。ところが科学者のなかにその動きに迎合するバカが出てきて、政府の諮問機関の委員になったりして金儲けを企んだ。
 科学者たちが勇気をもって、地球温暖化はウソだと発言すれば、これほどまでに「国際詐欺」が大手をふって跋扈することはなかったろうに。

 マスゴミも地球に優しくなどと言っていれば楽に記事が書け、政府や経済人が渋ると、それっとばかりに攻撃することができる。逆に地球温暖化や「地球に優しい」やエコに逆らえば、テメエたちの新聞が売れなくなる。で、大ウソに迎合してきた。

 トランプはパリ協定から離脱すると言ったが、実際に離脱できるのは3年半後だとかで、「すぐに」の話ではない。離脱が実現するころは、トランプは二期目の大統領選の真っ最中だから、どう転ぶかわかりはしない。
 それに二酸化炭素と地球温暖化の話がウソだと、科学の話はいっさいしないで、アメリカの利益に反するから止める、というのみである。「あんなものはウソだ」と、世界の指導者たちはわかっているだろうに、それを公言しないのは、日本苛めが背景にあるのだ。

 京都議定書のときは、日本だけがバカを見る体制にして、欧州諸国はずるをやった。今度もそんなものだろう。

 パリ協定もポリティカル・コレクトネス(political correctness)の一種である。
 ポリティカル・コレクトネスとは、「日本語で政治的に正しい言葉遣いとも呼ばれる、政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、職業・性別・文化・人種・民族・宗教・障害者・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す」とwikipedia では解説するが、最近では逆差別として批判される。

 人種、民主主義、人権、平等、などのように、誰もが反対できなさそうな概念で、人の意見や行動にレッテルを貼って非難する。地球温暖化だとかエコなどもそうであって、反対する意見は頭から排斥される。
 本ブログでも例えば、同性愛や性同一性症候群なんかは精神病だと断言したことがあるが、山のように「差別だ」非難のコメントが殺到したものだった。

 こういうのをポリティカル・コレクトネスというのである。マスゴミも教育界も政治の場でもこれが跋扈している。科学的検証が許されない。日本では憲法9条がそれになっている。サヨクどもがポリティカル・コレクトネスにしている。

 だからトランプはパリ協定はポリティカル・コレクトネスだから、正気に戻ろうと言えばいいのに、それは言わない。しょせん、彼はビジネスマンでしかなく、科学は考えられず、人類の歴史に残る政治家になる気はないのである。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(2) | エッセイ | 更新情報をチェックする

2017年06月01日

顔つきからみえるもの


 年をとると、人生経験がつみかさなってくるせいもあって、人の顔つきの好悪、評価がきつくなる。
 顔を見ただけで、どの程度の人間かが容易く見てとれるようになる。

 最近では「これはひどい」と思わされたのが、眞子内親王の婚約予定者として一躍脚光を浴びた小室圭なる青年であった。皇室もここまで落ちたか、と長嘆息せざるを得なかった。
 「海の王子」という江ノ島のイベントで優勝したときの顔つきといったら、ただのチャラ男で、教養のカケラもない顔つきである。性格も良いとはいいがたい顔である。

 いずれ皇籍離脱する女性だから、国民としては知ったことではないにせよ、民進党どもが画策する「女性宮家」案が法律にされると、あろうことか、小室圭は皇族の一人になるのだ。正視に耐えない顔をずっと、なにかにつけ見せられるのはたまったものではない。

 小室は父親が自殺している。圭少年に罪はないけれど、心に受けた傷は深かろう。これはよほど注意しないと、性格になにがしか影響が出かねないものである。心の病い自体が遺伝するわけではないが、心の病いを発症した父親がいたということは、その家庭環境に問題があったのではないかと危惧し得る。

 好きになったんだからどうしようもないけれど、私なら結婚は躊躇するけどね…。
 雅子皇太子妃が心の病いを発症した人間だから、実子の愛子もおかしくなっている。遺伝のせいではないが、心の問題をかかえた親が育てれば、子の認識も無事では済まない。

 そういうことが見て取れないでチャラ男に惚れるのだから、しょせんは知性レベルが知れる。

 しかも韓国人ではないかと言われる。本当にそうなら、眞子さんは結婚してからが大変だ。家庭のなかで、夫から何かにつけて「お前は日本人だから…」と責められ、嫌味を言われかねない。日帝35年、いや千年の恨みの認識を持っているのだから、夫婦ケンカのたびごとにその感情に火がつくのだ。
 新婚時代は夫はネコをかぶっているだろうが、10年、20年経つと本性を現す。そういう恐れを誰か皇族の人は教えてやらないのだろうか。
 
 眞子内親王はそれこそ深窓の令嬢で、世間の荒波を知らない。結婚してもある程度それを理解してくれる夫や親族に囲まれればいいと思う。それにはやはり皇族同士で見合いをして結婚するのが一番良いのではなかろうか。

 次に顔つきの悪さでいえば、ゴルフの宮里藍だ。彼女が引退を発表した。彼女のデビュー以来、顔つきが悪いなあと呆れていた。インタビューの受け答えも実に横柄な印象で、「かわいげ」がない。言葉遣いに、どこか高慢ちきな印象を与える。
 デビューしてすぐ宮里はアメリカに行ってしまったから、新聞に出る頻度が減って、顔を見ること少なくなってまことに良かった。

 アメリカみたいな嫌な国に平気で移れるのは、性格に「やまとなでしこ」の要素がないからだろう。日本よりアメリカが住みやすいと感じるのだから、異様である。




posted by 心に青雲 at 11:01| 東京 ☀| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする

2017年05月26日

ロシアゲート事件はネオコンの策謀


 アメリカでは“ロシアゲート”をめぐり、「トランプ政権VS司法省+連邦議会+メディア」の死闘が本格化しようとしている。
 日本のメディアは、アメリカ主要メディアの後追いしかできないから、トランプが悪いことをやって、「正義の司法」から追い詰められ、やがてニクソンの“ウォーターゲート事件”のように、弾劾されていくのではないかという論調である。

 トランプ政権側は、国家機密をロシアのラズロフ外相に漏らしてはいないというのだから、その主張を検証すべきなのがメディアの責任であろうに、反トランプ勢力のメディアの言うままに「初めにトランプの不正ありき」で報道する。

 馬渕睦夫氏がDHCテレビの「和の国の明日を造る(第49回)」でこれを解説していた(5月24日)。
 馬渕氏は大使を務めた人だから、首脳同士の会議の裏側を知っている。で、言うには、首脳会談というのは、あらかじめ議題も結論も国同士ですりあわせてあって、今回のように大統領が相手国の首脳やその代理に勝手に機密情報どころか、予定外のことはしゃべらないものなのだそうだ。

 それぞれ大統領なり首相なりは、もうできあがったシナリオにしたがって「会談」することになる。いわばセレモニーなのである。
 会談の前に中身は決まっている。共同宣言も決まっている。首脳同士が膝つきあわせて密談し、合意に達することではない、というのである。
 だからいかにトランプ個人が軽佻浮薄だとしても、事務方の意向に反してうかつにロシア側に言ってはいけないことをしゃべれないのである。

 だから、プーチンがすかさずトランプ・ラズロフ会談の記録を提出してやってもいいぞと発言したのだ。証拠はあるのだ。
 しかし、アメリカとロシアが接近することを望まないのがネオコンであるから、それは無視する。

 評論家の佐藤優が、したり顔で「トランプは一線を超えた」などと新聞に書いていたが、こんなのは冷笑していると馬渕氏は言っていた。現在の外交のシステムのなかでは「一線」など超えようがない。
 トランプ側としては、首脳会談はこういうセレモニーだと反論はしにくいだろう。国民はみんな首脳会談ではいわば本音で首脳が話し合うのだと信じ込んでいるからだ。

 だから、トランプは「機密は漏らしてない」としか言いようがない。そこを狙って、「司法省+議会+メディア」は、漏らしたにちがいないと言い募るわけだ。で、特別検察官を任命して徹底的に調べるぞと嫌がらせをする。
 トランプ側のイメージが悪くなることは避けられない。

 だからニクソン大統領が無実にも関わらず辞任に追い込まれた先例と同じになることを、「司法省+議会+メディア」すなわち、民主党、グローバリスト(国際金融資本)、ネオコンは一体となって狙う。トランプを引きずりおろしたい連中は、ニクソンに“ウォーターゲート事件”を仕掛けた連中と同じネオコンだからである。
 トランプを「保護主義」とか「ポピュリズム」と非難する勢力はみな、これである。

 日本のマスゴミは、米国メディアと連動して、アンチ保護主義、アンチポピュリズム、アンチナショナリズムの大合唱である。
 実にわかりやすい構図になっている。
 馬淵氏は、ネオコンの策謀は“ウォーターゲート事件”では成功したが、今度は成功しないだろうと期待を込めて言っておくと述べる。なぜならニクソンのころは情報はマスゴミが独占していたが、今ではネットが発達して、マスゴミは大衆を洗脳しきれず、反撃を喰らうようになったからだ、と。

 まことにその通りだ。なんでもマスゴミが良いように報道して世論を誘導する時代は終わりつつある。すばらしい。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☔| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする