2017年01月30日

徴兵制を復活せよ(3/6)


《3》
 「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」という諺は、インテリからは反感を食らうようだが、間違いではないのだ。作家の三島由紀夫が文筆のかたわら空手、剣道、ボディビルなどで体を鍛えたことをもって、せせら笑ったインテリは多かったが、そういうテメエは酒に溺れ、夜更し朝寝坊でだらだらした人生しか送らなかった。三島由紀夫の場合は、肉体を他人に見せたい欲求から鍛錬した傾向もあって、あまり健全とは言えなかったが…。

 心とか精神なるものは、かってに肉体に宿るものではない。体が鍛えられていなければ、精神は宿らないこともまた確かなのである。問題はその鍛え方にあるのであって、体と直接に心も丈夫に健全になっていかなければダメなのである。その点で軍隊の訓練は良い。旅客機のパイロットも以前は自衛隊に入隊して飛行訓練を受けた。その体験者に聞くと、自衛隊では怒られっぱなしの殴られっぱなしで、青あざが絶えなかったそうだ。民間での訓練とは中身が違う。そういう訓練が現今の日本の若者に必要だ。肉体と精神の質が違ってくる。

 軍隊の軍事訓練というと、大砲や鉄砲を撃つとか、泥の中を匍匐前進するとかをイメージされるかもしれないが、そればかりではない。掃除、洗濯を自分できっちりやることや、大声での発音もいいし、食事を素早く食べることもいい、二年間たまの休み以外は娑婆に出られないこともいい。そういうもの全部をひっくるめて心身が鍛えられるから、私は徴兵して若者に軍隊生活をさせろと言っている。

 発音の大事性は以前本ブログで説いたから詳細は割愛するが、軍隊でも姓名申告や命令の復唱、気合、軍歌高唱など裂帛音での発音が強制される。これが頭を良くするのだ。われわれの空手でも気合、発音は重視していることはすでに述べた。きちんとした発音をするには、唇に力が入っていなければならない。それが空手の技の鋭さに直結する。

 旧軍では軍人勅諭などを暗唱させられた。記憶力も鍛えられるだけでなく、それをきちんと発音させられることにより、頭が良くなった。そのうえ40キロの重装備で行軍させられた。だから帝国陸軍は心身ともに鍛えられ、支那兵と戦って連戦連勝敵なしだったのだ。
 よくわれわれの流派での合宿で初めて参加する若者に、坊主でさえ体は鍛えている、と説かれたものだ。朝は4時から起床して、掃除、洗濯、炊事をやって体を動かし、食事は一汁一菜の粗食、それを5年も6年も山のなかで続ける。疑似軍隊生活なのだ。だから精神が鍛えられる。坊主でさえそうなのだ。

 もっとも、中世の寺社では仏教を修行する者(僧侶)より、雑務や借金の取り立てや、武士・他の寺社と戦争に従事する「行人(ぎょうにん)」や「聖」がほとんどで、僧兵を兼ねたから、日ごろ体も武術も鍛えていた。だから寺社では疑似軍隊生活だったのは当たり前だ。

 現在の日本では、思春期に限っても感覚器官が見事に発育する時期に、感覚器官が発育する訓練がなされない。その期間、受験一色か落ちこぼれた奴はバカみたいなテレビゲームでうつつを抜かしている。本当は大人になる前に手足の神経を運動形態として発育させて、脳細胞がその運動形態を受け取ることで運動形態として成長しなければならないのに、そうなっていない。

 だから遅まきながらではあるが、18歳くらいで強制的に青年を軍隊でしごきあげ、脳細胞が運動形態として成長する機会を持たせるべきなのである。
 さらにいえば軍隊は集団生活である。旧制高校の寮生活と同様、そこでは個性は許されず、集団がすべてである。すべては集団力が発揮されるように鍛えられる。

 それが人間本来のありかたなのだから、優れた教育になる。集団力とは、例えば10人が一つのことに力を合わせると、10人の力を加算した合計の力ではなく、掛け算した効果が出ることを言う。これはやったものでなければ理屈はわかるまい。

 ちなみに資本主義経済は、この集団力で上げた成果のプラスアルファ分を労働者に還元せず、資本家が総取りして儲けるシステムである。
 また、中世の寺社が隆盛を極め、今日にもその豪奢な佇まいを残しているほどにカネにまみれたわけは、僧兵等の集団力を使って「余剰資産」を溜めることができたからだろう。

 修行僧が行人らの上に君臨しつつ、お経を読んで暮らせたのも、祗園で豪遊ができたのも、集団力による富の蓄積ゆえであろう。

 野球でいえば、体力ではアメリカや中南米の選手に適わない日本選手であっても優勝したり、いいところまで勝ち進むのは、日本チームはひとつになって集団力を発揮するから勝てるのである。あれが選手一人ひとりの力の加算の結果ではなく、集団力という積算の力をどの監督も伝統的に引き出した結果であった。

 徴兵で軍隊生活を送れば、いやおうなくこの集団力をわからされる。それが日本の国力になるだろう。実際、明治維新から日本がすさまじい発展を遂げた原動力は国民皆教育と皆兵教育で国民を一つにして集団力を見事に引き出したからでああった。
 今は個性ばかり尊重されるから、この集団力が理解されない。

 サッカーでもW杯の全日本監督をやったオシムはそういう集団力のチームにしようとしていたのではないかと思われた。日本のスポーツ新聞で、代表チームにスター選手を求める傾向をオシムが批判していた記事を読んだ記憶があるが、オシムは正しいチームづくりをしていると思われたのに、病で倒れ残念なことをした。
 旧軍は集団力を発揮できるように兵を鍛えていたと思う。そうした良い点は民族として継承すべきなのだ。

 徴兵による軍隊生活の良いところは、まだある。男が二年間娑婆から隔離される。休みの日に外出は許可されるだろうが、おかげで男女の仲が遠ざけられることである。今は高校生、へたをすると中学生から男女が濃厚に付き合って、似非恋愛を繰り広げている。何度も本ブログで書いたが中・高校生で恋愛はできるものではなく、やってはならないものだ。

 今の若い人は恋を謳歌した映画やドラマ、歌謡曲の影響を受けて、そのマネでしかない恋愛ごっこにうつつをぬかしているだけだ。だが、男はいったん徴兵で軍隊に入れば、彼女に逢えない分、憧れはすさまじく認識に広がり、結果として心が豊かになる。彼女のほうも恋する男に恋いこがれつつ娑婆で暮らしているから、これまた憧れが膨らみ、心豊かになるのである。

 旧軍の若者たちが、戦場に赴くときに短歌を恋する人に遺していく、女も男への想いを短歌に託して贈る。そうした短歌が戦時中にごまんと詠まれた。それらを読めばわかるように、恋人どうしが逢えないからこそ見事な心が育まれる。現今の若者にそんな見事な短歌を創る実力はないではないか。

 軍隊のせいで男女が二年間引き離されることが、見事な恋愛の心を取り戻すチャンスになるのだ。否定の否定である。仮にそれで二人の仲が終わったとて、この世の終わりじゃあるまいし、次のまた豊かな心での充実した本物の恋愛をすればいいだけのことである。男は徴兵の2年で立派に成長して、彼女にふさわしい人間になろうとする。女は2年間、彼に逢えない分、がんばって立派になって除隊してくる彼にふさわしい女性になろうとする。

 そういう期間を国家がつくってくれるのだから、辛い2年間がありがたく思えるときがくるのだ。
 こういう耐える時期、つらい時期を持つことは極めて重要である。それがないから刹那的な、こらえ性のない親子殺し、兄弟殺し、恋人殺しが頻発する。耐えることを教育しないからだ。現代ほど軍隊教育で耐えることを国民に教えなければならないときはない。

 そうやって見事に耐える認識力とともに恋愛をする実力をつけた男と女が再び豊かな心で仕事や学業に復帰し、恋愛をし、結婚して生活をともにするようになれば、これまた子どもの育児、教育に計り知れない良い影響を及ぼすので、国家としても見事な文化の創造につなげていける。

 こうした徴兵制の長所を検討することもなく、徴兵制はあってもいいと発言しただけの知事を血祭りにあげるサヨクやマスゴミは、バカである。意見を述べること自体を言論規制ないし封殺するのだから、底知れぬバカだ。さぞやアメリカや中国、いやイルミナティがその策謀の成果にほくそ笑んでいることだろう。

 東国原発言にヒステリックな反応をしたサヨクよ、そしてテレビで東国原なんぞたかがタレントではないかと冷笑してみせたコメンテータどもよ、私が以上のように、軽く説いた徴兵制の長所(必要性)の論理に反論してみろ。感情的な戦争反対しか言えまい。




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2017年01月28日

徴兵制を復活せよ(2/6)


《2》
 さて、日本人は腑抜けである。支那、韓国、北朝鮮のほうが悲しいことに精神的強さを把持している。なにしろ向こうには軍隊がある。そして闘う精神を子どものときから叩きこまれる。日本にも自衛隊があるけれど、アメリカの下働きでしかない。
 人生は闘い、国家も戦いなんだから、それは何もゲバルトとは限らないが、闘う精神を創っておかなければ人生まともに生きていけまい。最近は何かというと「癒しを求めて」だ。バカ言え。

 韓国に旅行に行った人はみんな向こうの男たちが、体格がよく筋肉がつき、シャキッとしていることに驚いて帰国する。それにひきかえ、日本人の多くはメタボリックシンドロームで下腹がポッコリして、どこもかしこも(頭のなかも)ブヨブヨ。さもなければ骨と皮だけかと思うような瘠せ男。そんな男ばかりだ。昔の帝国陸軍歩兵は身長160センチもないのに40キロの重装備を背負って、延々何百キロと行軍した。そんな体力のある若者はほとんどいない。兵舎では起床のラッパで飛び起きて、軍装で庭に整列するまで2分でやったが、そんな俊敏な若者もいない。

 だから徴兵制を採用して、20歳前後の若者を1〜2年間くらい(せめて半年)軍隊で鍛えるべきである。体力、精神力、両方に効果があるはずだ。シビアな団体生活も良い。
 一度、本ブログで益田ドライビングスクール(島根県)を取り上げたことがある。この自動車学校は合宿制で、たった2週間の生活と教習で、だらしなかった若者がみんな立派になり、人に挨拶できるようになって帰る。家で親たちが「運転免許を取りにいっただけなのに、笑顔で挨拶し、すすんで掃除をし、整理整頓もできるようになった!ウチの子に一体何があったの?」と驚くそうだ。

 鍵山秀三郎氏は自動車用品販売のイエローハットの社長だが、彼は掃除の効用を説き、自ら徹底した掃除を実践している方である。掃除をすると人間が立派になるというのである。現代のだらしない若者には徹底して掃除をさせるといい。そのためにも軍隊でしごくのが良いのだ。軍隊で否応なく、集団生活をさせられる。それが脳細胞の激動になり、変革になるのだ。二年間の修行は無駄にはならないはずである。

 軍隊の鍛錬がいいのは、自分の生命や人生が社会のために生かされるのだという認識、すなわち社会的認識を叩き込まれることである。現今の日本の学校教育は文科省と日教組のアホどものせいで、子どもが個性大事と育てられ、社会的認識を持たされないで大人になってしまう。それを是正するためにも、徴兵制で若者全員を軍隊に叩き込んで鍛え直すといいのだ。そうすれば、社会という全体のなかの自分の人生であることが自覚できるようになるであろう。

 自分の人生は自分で切り拓くものであって、そのためにはそれなりの教育、鍛錬が必要である。現在はそれが受験かスポーツで代替されている。あんなものでは闘う魂ができない。
 武道を必修科目にしようという意見があって、それには反対しないが、今の柔道・剣道ではスポーツでしかないからダメだ。せいぜい識者の期待するとおりに礼儀作法くらいしか身に付かない。

 戦前の旧制中学にあった本物の柔道、剣道ならばよい。戦前の武道がまともで、スポーツではなかったのは、その先に軍隊があり、徴兵があったからである。軍人、兵隊をつくるために学校で武道を教えた。だから良かったのだ。世界に通用する偉人が輩出したではないか。
 現代の柔道、剣道、空手、合気を再生するためにも軍隊があるべきである。

 われわれの空手でも、それをスポーツとしてやったら闘う魂はできない。スポーツも武術もやる中身は同じであるが、やる精神がちがうのだ。軍隊というところは生命のやりとりがある場所なのだから、野球やサッカーで合宿生活するのとはわけが違うのである。
 徴兵制で、若者を全員軍隊に入れれば、なかには大けがをしたり、訓練中に生命を落とす者もでるであろう。それはやむを得ないことである。そのくらいの犠牲を覚悟しなければ国家がまともにならないという事態なのだから。日本に大きく欠けているのは闘う(戦う)心であり、その養成である。

 若者のなかには、オウム真理教のときもそうだが、宗教に憧れるバカな人間もいる。あんなインチキで心が癒されたいってのはどういう根性なのか。私の家の近所にも修道院みたいな施設があって、たしかに穏やかな顔をした修道女をよく見かけるが、見かけるたびに私には関わりがないことながら、気分が悪くなる。お前たちには自分の人生を戦いとは思わないのか、プライドはないのかと言ってやりたい衝動がこみあげる。人間の優しさだけにすがって生きたいという連中には呆れる。

 日本の自衛隊は、本気で戦う心構えができない「軍隊」である。遊び半分と言ったら彼らに気の毒ではあるが、なにしろ憲法が交戦権を否定しているのだから、こんなカタワの軍隊はない。あれではいざと言うときに戦えまい。あれだけの装備を誇っていてもたぶんインドネシア軍と戦っても負けるだろう。

 そういうなかでもなんとか戦う魂を創ろうと頑張っている人たちが自衛隊にもいることはわかっているが、本質がアメリカ軍の下請ではどうにもならない。惨め極まる。東国原が徴兵制賛成という発言をしたら、即刻に同感だという意思表示をする自衛隊幹部はいないのか?

 念のために言っておくと、徴兵制復活は憲法改訂(すなわち9条廃棄)とセットであるべきだ。憲法9条は廃棄しなければならないが、それはアメリカのための改訂であってはならない。
 9条を守れという立場が、アメリカのために戦争に引きずりだされるのは反対という気持ちは私も同感ではあるが、それでもやはり9条は撤廃しなければならない。私は何がなんでも戦争はいけないという立場にはない。

 いつでも国家の大事のときには戦える軍隊は必要である。国家がまともにならない。国民がまともにならないからだ。国家とはそもそも共同体における他共同体との対峙から誕生したからである。そんな基礎知識すらないサヨク・インテリが何を抜かすか。こんな軍隊がない体たらくの国は日本だけではないか。
 日本以外の国で、大統領なり首相なりが国家の交戦権を放棄し、アメリカの奴隷となって言いなりになりますと言ったなら、絶対に国民に倒されるだろう。ところが日本では多くの国民がそれをよしとしてしまう。

 卑近な例でいえば、もし巨人の監督が、巨人は毎年最下位でいいんです、阪神や中日の二軍に甘んじますと言ったら、ファンは許すのかよ。そんな監督は即クビだろうが。野球でさえそうなのに、左翼マスゴミやリベラル政治集は軍隊のないテイタラクな国でいいんだと言いきる。誰もが、アメリカとの戦争に負けて今や植民地以下の国にさせられている現在をまじめに認識していない。われわれの誇りや自立を考える人がいなくて、ただひたすら再軍備反対、戦争反対だ。

 私ははっきり言って戦争一般に反対なのは当たり前なんであって、それは言っておくけれど、しかしやらねばならぬ戦争はあるし、そのために軍隊はなければならず、戦えなければならないと考えている。戦争をすれば犠牲は出る。しかしそれでも国家の誇り、自立のためには犠牲はやむを得ないと決断するしかない。
 国家なしに人間は生きられないのだ。そこがひたすら戦争反対のボケどもには理解できていない。国家なんかいらないなどとほざくバカがいるとは。国家なしで生きてみろ。できやしないのだから。



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2017年01月27日

徴兵制を復活せよ(1/6)


《1》
 2017年は日本が世界を救う年になっていかねばなるまい。その流れで日本の軍事力の増強を世界は待っている。 
 日本の軍事力だけでなく、日本人そのものを世界は待っているのだ。だから、と私は再三言ってきた。われわれは徴兵制を復活させるべきだと。

 徴兵制を、と言っただけで日本では極右と言われる。政府すらが徴兵制は人権を損なう奴隷的苦役だと言うし、中には徴兵制で集めた兵では現代のハイテク化された兵器はおいそれと使えないのだから、意味がないという見解を述べる向きもある。
 私はあくまで現代の徴兵制は教育の一貫として行なうべきだと主張している。「武」の魂を取り戻せというのみ。

 たまたま昨年暮れに、日下公人氏の新刊『新しい日本人が日本と世界を変える』(PHP研究所刊)を読んでいたら、以下の文章に出会った。
 英国のチャーチルは海軍大臣になってからせっせと英国海軍を近代化し増強していった。艦船の燃料を全部石炭から石油に替え、そのためアラブの油田確保のために会社も設立し、航空部隊も新設した。ドイツと対抗するためだった。

 「恐るべき先見の明だったが、それでも、一九四〇年代の日本海軍航空隊には惨敗した。
 日本はそれを東宝が『ハワイ・マレー沖海戦』という映画にしてアジア各地に配給した。南下する海軍航空部隊83機の映画を台湾の人と観たことがあった。プリンス・オブ・ウェールズとレパルスのイギリス戦艦2隻を雲の下に探して、“まだか、まだか”と日本海軍機は南へ飛ぶ。

 『もう引き返さないと、帰りのガソリンがありません』とパイロットが何回も言ったとき、指揮官は『帰ろうと思うな』と答える。
 映画館いっぱいの台湾人がどよめくのを聞いて、私は『これがアジアの人に与えた日本人の決死の覚悟だったのだな』と思った。
 このときから日本人はアジアの人たちから、『ビッグブラザー』あるいは『マスター』と呼ばれるようになったのである。それは今も続いている。」


 こういう核心をついた洞察をする評論家も歴史家もほかにいない。みんな自虐に凝り固まっている。GHQの言いなりになっているバカである。
 私も正月に久しぶりにDVDで『ハワイ・マレー沖海戦』と見直した。非常に優れた歴史に残したい映画であった。日本人はみんな色眼鏡をはずして観るべきである。
 日本は決して侵略したのではないことが良くわかる。
 
 とりわけ、予科練航空隊に入って鍛えられていく若者の姿には感動する。これを観てもなお、徴兵制は悪いとしか考えないなら救いようがないバカである。
 世界の人たちは、あの予科練で鍛えられるような日本人に期待しているのである。

 戦後、野間宏や大西巨人などの左翼作家が日本陸軍の内務班は地獄だったなどと書いたせいもあり、また先の戦争が悲惨な負け戦だったこともあって、軍隊嫌いが日本人に染み込んだが、残念なことである。
 『ハワイ・マレー沖海戦』は海軍の宣伝映画ではあるが、にも関わらず、それだけにとどまらない日本の良さを表出していた。

 私自身は、学校では軍隊経験のある教師からは軍隊は地獄だったと聞かされるが、家では父が楽しかった軍隊生活を語ると言ったあんばいで、困惑し、かつ本当のことに興味を覚えたのである。
 そして、空手をやってやっと、本当のことを理解したのだ。だからこそ、真剣に世界のリーダーたる日本人にするには、徴兵制は必須だと確信するに至った。

 本稿は、以前に書いた「徴兵制復活論」を大幅に修正を加えて再録するものである。

 タレントの東国原英雄が宮崎県知事のころに、徴兵制に賛意を示したことがあり、「お、良いことを言うじゃないか」と思ったその途端にマスゴミを中心にバッシングが起き、彼自身腰砕けとなり、不適切な発言でしたと謝罪してしまった。信念を貫けばいいのに。

 東国原知事は「僕は徴兵制はあってしかるべきだと思っている。若者は1年か2年ぐらい自衛隊か、ああいうところに入らなければならないと思っている」と述べ、さらに報道陣にも「徴兵制や軍隊とは言わないですけど、若者にはある時期、規律がきちんと身につくような教育が必要だと思う。そういったものの欠落が、今の社会の道徳や倫理観の喪失につながっている気がする」と発言の真意を説明していた。

 物足りないが、サヨクよりはまともだった。ただし、彼には「武」の魂がわかっていない。

 私はかねてから国民の徴兵制はあってしかるべきだと思っている。第一は有事に備えるためであるが、そんなことは当たり前だからとくに述べない。また国家としての目的については、以前本ブログで「靖国を日本文化の高みに」と題して、以下のように述べたことと同じである。
 「靖国を思想の高みで捉えなおすとは、第一に、首相が靖国に参拝する意義は、国民をして国家の一員、あるいは日本という社会の一員たることを改めて意識させること、これである」と。
 徴兵制復活はこの靖国の捉え返しと同様に国民をして国家の一員たると意識させつつ日本文化を高みで捉えることだと思っていただきたい。

 徴兵制は徴兵制なのであって、それだから海外侵略にも軍国主義復活にも当たらない。単に戦争への備えである。
 けれど、サヨクは徴兵というと即人殺しと短絡する。ほんとに頭が悪い。徴兵制にすべきなのは、若者の脳細胞の変革のためである。幼児のときから塾通い、テレビゲームで過ごしてきて、現実の生の社会や自然を反映する能力が育っていないのだから、男も女も一定期間徴兵して、軍隊式に鍛えあげるのが最上である。

 暴力反対、戦争反対とさえ言っていれば平和、安全でいられるとサヨクどもは思いこんでいる。どこか治安の悪い繁華街に行って、札ビラを両手にもって散歩してみろ。無事ではすむまいに。チンピラに取り囲まれたときに「自分は平和主義なんです、無抵抗だから助けてください」と泣訴して、相手が「ああわかった」と言って見逃してくれるわけがない。それと日本が中国や韓国などの周辺国に囲まれて直面している事態と同じ構図だ。

 今の日本が支那や韓国に戦争を仕掛けられないのは、日本がアメリカの属国だからで、いざというときにアメリカがどう出るかわからないし、まがりなりにも自衛隊があるからだ。国家に武力は必要である。そして個人にも闘える力は必要だ。
 だいたい徴兵制は戦争への道だというならば、空手や剣道をやる人間はみんな暴力をやみくもに振るう人間なのか? 備えあれば憂いなし、有事のために人は武道を習い、国は軍隊を置く。それだけのことだ。

 そもそも日米安保条約の中身を政府は国民に教えていない。あれは日本国内にあるアメリカ軍の基地や施設が攻撃されたら、アメリカは日本領土の中で戦うぞ、というだけの条約である。アメリカは日本本体というか、米軍基地以外のところが攻撃されたって、知った事ではない。日本国民のために血を流す約束はない! 常識で考えたって、そんな高貴な(?)犠牲をあの性悪のアメリカ人がするわけがないじゃないか。

 もしこれこのとおり条文に書いてありますというなら示してみろ。どこにもそんな文言はないのだ。それをかつて小泉純一郎は、「アメリカは日本が攻撃されたら、自国が攻撃されたと見なして戦ってくれる唯一の国だ」などと大ウソをついた。そのウソをマスゴミは咎めない。だからそれを根拠にアフガンやイラクに派兵(支援)することにしたテロ特措法は無効である。と、民進党も社民党もなぜ言わぬ?
 



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2017年01月26日

韓国崩壊を予測する(2/2)


《2》
 昨日冒頭に書いたが、一昨年末に慌ただしくアメリカの要請で日韓合意がなされたのも、なにがしかの計算、つまり安倍首相の深謀遠慮があってのことだったかと思わせるものがある。韓国が話を蒸し返し、日韓合意を破棄しようとゴテるのは明らかだったから、それを計算のうえで韓国を追い込む目論見があったのかも。

 安倍首相の目論見としては、日韓関係が一気に悪化すると、民進党や共産党は追い詰められる。
 日韓が断交に近い状態になるとしたら、国民は圧倒的に韓国を嫌っていて、政府の対抗措置を支持するのだから、総選挙を今年中にやれば、サヨク野党は惨敗する。

 それに衆議院選挙でカネがかかるところへ持って来て、いつものように韓国のサヨク反日勢力に資金援助しているどころではなくなる。なにせ、合意を踏みにじったのは韓国なのだから、いくらなんでも民進党・共産党は政府を一方的になじるわけにはいかない。それをやれば確実に票は減る。
 またこの対応を巡って、民進党と共産党は意見が合わず、互助選挙が難しくなる。で、ますます自民党有利になっていく。

 メルマガ「週間アカシックレコード」の佐々木敏氏は、長年、中朝戦争が今にも起きると言い続けてきて、ついにその事態にはなっていないけれど、彼の予測が本物なら中朝戦争とのからみで、朴政権のレイムダックはアメリカが工作したというのもあり得る話ではある。
 中朝戦争が起きれば、韓国人はいいチャンスと妄想して「北進」を叫びだしかねない。韓国軍がもし38度線を超えたら、北からソウルにミサイルが浴びせられてたちまち火の海にさせられ、まさに経済崩壊である。そうならぬよう、朴政権をスキャンダルで追い込んで、中朝戦争に介入させまいとするのが、アメリカの方針である。

 その準備として日韓合意もあったという話である。
 こういう計算を安倍首相が2015年末にしていて、仕掛けた罠ならたいしたものだ。
 日韓合意の仕掛けが、日本国内サヨクの滅亡にあった…かもと考えるのを置いておくとすれば、今度の釜山での偽慰安婦像設置の嫌がらせ事件は、北朝鮮の工作の可能性が高い。
 
 またパククネ失脚と次の権力奪取を狙った韓国政界の何人かによる工作であろう。次に候補者として出ると表明している政治家は、全部これまで以上に反日だそうで、それを表明すればするほど国民の支持をうけて大統領になれるだろう。おそらくその反日勢力は、日本政府の対抗措置を歓迎しているだろう。

 日本政府と国民が対抗措置をとるほどに、韓国の国民も激しく怒るから、「オレに有利になる」と考える。いかにもそれで強硬反日大統領が誕生するだろうが、日韓は国交断絶になって、経済が崩壊するにちがいない。
 アメリカはトランプが大統領になり、これからは韓国がどうなろうと知ったこっちゃないになる。

 支那も経済崩壊の真っ最中で、韓国を助けてくれない。もともと支那人が「人助け」なんかするわけがない。
 日本だけが頼みの綱だったのに、自ら蹴飛ばしてしまう愚挙。早く来い、来い、日韓断交〜♪

 日本には本当にいい迷惑だが、つくづく民主主義も怖いものだと思わざるを得ない。民衆が狂気にかられると、国家の行くべき道を誤らせる。
 この先どうなるか。日本から断交は言い出すまい。韓国で大統領が決まるまでは動きはあまりないと思うが、新大統領が極左だと、向こうから断交、在韓日本人追放、禁輸品増大などの手を打って来る事態に発展しかねない。

 と同時に、ザイニチが動き出して、日本の都市でテロや暴動が起きるかもしれない。アメリカ在住の日本人の子供が韓国人にいじめられる事態は増えるだろう。
 そうなると、韓国財界は窮するし、韓国軍隊も放ってはおけなくなる。クーデターの危険性も出て来る。

 そもそもの慰安婦問題の発端は、池田信夫氏が解き明かすのが本当なら、朝日新聞の一部記者や左翼政治家が金丸訪朝団で湧いてきた北朝鮮への1兆円のプレゼントに関わって、利権を漁ろうとした連中が、デッチあげたものだったのだ。
 この事に関しては、2015年11月1日付けの本ブログで紹介した。
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/408108351.html
 
 ことの発端は、日本の左翼弁護士(福島瑞穂、高木健一ら)と朝日新聞記者の一部が結託し、日本政府に「従軍慰安婦」の存在とそれが強制連行だったことを認めさせれば、国家賠償の道が開ける。

 1人でも認めれば、「性奴隷」だと騒ぎ立て、男の労務者の連行より世界の耳目が集まる。そこで弁護士どもが韓国元慰安婦を唆して訴訟を起こさせる。そうなれば軍と雇用関係のなかった女性に賠償したら、当時の相当数いた労務者(朝鮮人軍属)すべてに日本政府は賠償せざるを得なくなるわけだ。

 こうして朝鮮人の賠償訴訟によって、日本の弁護士も朝日の記者もオコボレをいただける。それが狙いで捏造がくり返し行なわれ、韓国人も信じてしまい、大火事になった。
 つまり池田信夫氏が暴露したのは、朝日の狙いも福島瑞穂らの思惑も、慰安婦ではなく「国家賠償によるカネ儲け」だったという大発見だった。

 その発端の汚らしさが、ついにこの日韓の極度の緊張を生んだのだから、なんとバカバカしいことか。

 もう一つオマケ。
 昨年末に安倍首相は、大統領に当選したばかりのトランプと私的に逢って会談したが、中身は秘密。さらにプーチンとも親しく(?)会談したが、これも中身は良く分からなかった。
 もしかすると、2017年に激震を迎える日韓関係を予めアタマに入れさせようとしたのかもしれない。
 
 媚中・副島隆彦は安倍がまだ大統領就任もしていないトランプに会いにいったことを、属国の下僕がご主人様にシッポを振って、朝貢外交しやがって、などと罵声を発していたけれど、現代はもうのんびり大統領就任セレモニーを待っているわけにいかないほど、変化が激しいし、先手を打っていかなければならないのだと分かっていない。

 トランプが就任前にすでに、矢継ぎ早にトランプはオバマをどかすように仕事を始めている。その時代の流れのスピードアップに、アタマの古い副島や日本マスゴミはついていけていないだけのことだ。

 安倍首相はトランプに会って、2017年初頭から日韓関係に重大局面が出来する、それはアメリカ前政権と示し合わせての日韓合意だったのであり、これによって韓国と日本のサヨクを潰すことで、より強固な日米韓の同盟が完成する。日本も改憲、再軍備への流れを加速できる、それがアメリカの国益にかなうのです、というような説明をしたのかもしれない。

 もしそうなっていったら、私は拍手喝采だ。2015年の日韓合意は、個人的には反対であるが、これはポーカーゲームと同じだから、負けたと見せかけて騙したり、あるいは騙されたふりして勝つなどの流れになるのだから、感情だけでいきり立ってもダメだとブログでしたためておいた。うまくその通りになれば、万歳だ。






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2017年01月25日

韓国崩壊を予測する(1/2)


《1》
 この年末から正月にかけて、韓国・釜山の日本総領事館前にウソ慰安婦像(偽少女像)が設置されたことで、日韓関係は重大な局面を迎えた。
 日本政府は1月6日、韓国・釜山の国際法違反行為への対抗措置として、
(1)駐韓日本大使と在釜山日本総領事の一時帰国
(2)日韓通貨交換(スワップ)協議の中断
(3)ハイレベル経済協議延期
(4)総領事館職員による釜山市関連行事への参加見合わせ
の4項目を発表した。

 これはまずまず評価できる措置である。今度もまた日本政府は、ただ「遺憾」とだけ言ってごまかすのかと思っていたら、意外に強硬で驚いた。とくに一時帰国とは言え、大使と総領事の帰国は素晴らしい。韓国をあわてさせるだろう。
 ウィーン条約違反、と日本側にピシャリと言われたら、返す言葉がない。

 2015年暮れの日韓合意のあと、こうなることをおそらく安倍首相は読んでいただろうから、もし10億円拠出という肉を切らせておいて、1年後に向こうがミスをすることで逆に骨を斬られる事態になることを誘ったとすれば、たいした手腕である。「釣り野伏せ」戦法であろうか…。

 大使と総領事の同時一時帰国などの対応は異例で、韓国側は「対抗措置に驚いていた」というが、例によって、韓国側は日本側の措置は遺憾であると返答していた。
 韓国メディアは、政治問題なのに、経済で締め付けるのは違反だと狼狽しているようだ。

 日韓両政府は一昨年12月の合意で慰安婦問題を「最終的かつ不可逆的に解決」と確認。日本側は10億円拠出など着実に履行しているが、韓国側はソウルの日本大使館前と釜山の日本総領事館前の慰安婦像設置を黙認している。
 黙認というより、政府が承知のうえでやっているだろうし、日本の左翼政党などが資金を提供してやらせているのだろう。だから、あ〜ら不思議、日本の民進党も共産党も、無言。

 毎日新聞は、「韓国側も日韓合意を履行する姿勢は崩していないが、政権の弱体化で身動きが取れないのが実情。しびれを切らした日本側は対抗手段に打って出たものの、日韓合意を巡るきしみが新たな段階に入ることは避けられず、両国政府が対応に苦慮する局面は長期化しそうだ。」(1月7日付)と書いた。

 この毎日新聞の書き方は、見事に「他人事」のようである。客観的報道が報道一般としては正しいにせよ、これは明らかに韓国側が卑劣なのであり、日本国民も怒っている。だが、毎日も朝日も、反日新聞は急に良い子ぶってしらっと客観的に振る舞う。一言も、約束を破った韓国政府が悪いとも、国際条約違反だとも言わない。

 ちなみに偽少女像は、ソウルの日本大使館“前”、釜山領事館“前”に設置されたのに、朝日新聞はなんと“近くに”設置された、と書いていた。せこいねえ。なんとか韓国をかばいたい思いが露骨である。大使館の目の前に嫌がらせで設置してあるのに、「近く」とは何事か。だが言葉としては「近く」には間違いないので、記事としては誤りではない、こういうことをやるから、朝日も毎日も嫌われるし信用をなくす。

 読者が気づかないと高をくくって、微妙に韓国の肩を持つ。こういう事態を出来させたのは、朝日新聞が「従軍慰安婦」を捏造したからである。その一片の謝罪もない。火のないところに煙をたて、それを火病の韓国人に焚き付けて大火事にしてしまった責任を感じないのか?
 
 話を戻せば、毎日新聞の「日韓合意を巡るきしみが新たな段階に入ることは避けられず、両国政府が対応に苦慮する局面は長期化しそう」とはいったい何たる書き方だろうか。この問題がまったくのウソから出たことも、韓国側がそれを反日の材料に使ってきたことも抜きにして、良くも平気で「きしみ」などと表現できたものだ。

 朝日も毎日も、客観的な記事を書いている、と言いたいのであれば、韓国が法治国家とは言えないことをきちんと書かねばならない。
 ウィーン外交関係条約第二十二条2項とは以下のものだ。
 「接受国は、侵入又は損壊に対し使節団の公館を保護するため及び公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置を執る特別の責務を有する。」

 接受国とは、受け入れ側の国であって、今の場合は韓国を指す。
 日本政府は、割と最近になって(確か民主党野田政権以降)、ウィーン条約を持ち出すようになった。それまでは、偽慰安婦像の設置は、日韓両国民に好ましくない関係をつくるから…、みたいな曖昧な表現で腰が引けていた。
 これに関して韓国政府は反論できない。あれは民間が建てたものだから介入できないと詭弁を弄して逃げているだけ。

 だから朝日も毎日も、韓国政府の不実を指摘しなければならない。なのに、そもそもテメエ等新聞が、捏造を垂れ流した責任には触れないどころか、日本政府はこう言い、韓国政府はこう言っていて、関係がきしんでいます、と書くから、まるで他人事のようだと言うのである。

 韓国側は、日本政府の措置のうち、日韓通貨交換(スワップ)協議の中断が最も深刻にこたえるのではないか。スワップという言い方はまやかしで、日本が一方的に杜撰な経済をやらかしてきた韓国を救う措置なのだから。韓国経済は差し迫って危機に見舞われているのだから、日本からドルの融通が来ないとなると、国家経済の破綻にまたしてもみまわれる。だから当然、「中断」ではなく、「打ち切り」「二度と交渉しない」と言うべきであった。

 大統領選なんかやっている場合じゃないないのに、大変な混乱になる。加えて1月4日には、ごく少数とはいえ、在韓米軍は軍人家族の沖縄への脱出訓練を実施した。名目は北朝鮮軍の侵攻に備えた訓練と言われるが、案外、韓国自体の騒乱を予知しての準備かもしれない。



posted by 心に青雲 at 04:00| 東京 ☀| Comment(1) | エッセイ | 更新情報をチェックする